Ⅳ
槍壱の顔を見て驚く不良4人。何故なら、不良4人は彼を知っていたからである。
だが今は、それを説明している場合ではない。この話はまた近いうちに。
さて、槍壱は再びトロールの方へ向き直ると、両手に持った十文字槍を勢いよく振り回す。すると、たちまち砂煙が巻き上がり辺り一面を覆っていく。不良たち4人は、砂が入らぬよう手で目を覆う。だが、槍壱が槍を振り回すのには理由があった。それは、棍棒を弾いた際に、反動で少し腕が痺れたためである。
――結構きっついでこれ――
内心そう思いながらも、両手に持った十文字槍の穂先をトロールの方に向けて、構えの体勢を取る槍壱。トロールも、不良4人から槍壱に目標を定め棍棒を振り翳す。
すると、「カチコミじゃあ!」と叫びながら、大鎌を担いでトロール目掛けて駆ける極道。その様子を見ていた大和が『見ていられない』と溜息を吐くと、彼の援護へと向かった。
3人が行動を起こしている中、叶の父親は、トロールに一定の距離まで近付くと、帯刀している黒色刀の鞘を左手で握り、柄に右手を添える。それから、左足を少し下げ前のめりになると、その場でじっとタイミングを窺う。
その様子を見ていた蒼空は、叶の父親に【固有技能】“鑑定”を使用し、[身体能力]を覗き見る。彼の【固有技能】が“剣豪”と分かると、彼に相応しいスキルだなと感心する。
そして、大人たちが注意を引いている間、少年が不良4人の所へと向かう。蒼空たちの時と同じように[身体能力]や【技能】のことを簡単に説明し、武器なども合わせてそれらを彼らに与えた。
不良たち4人は、最初こそ驚いていたものの、理解力が早くすぐにそれらを使いこなすと、少年の方に向き直り笑顔を見せながら詰め寄っていく。不良の1人、リーゼント頭の男が少年の胸倉を掴み締め上げる。
「そんなんしてる暇ないで!」
槍壱が不良4人に注意を促すが、トロールはお構いなしに彼ら目掛けて棍棒を振り翳す。
「そうはさせへんで!!」
大声で叫んだ槍壱は、両手で構えている十文字槍を片手に持ち替えると【固有技能】“神速”を使用し、棍棒を振り翳そうとしているトロールの右腕目掛けて思い切り投げる。瞬きする間もなく飛んでいく槍は、右腕に刺さるどころか貫通して腕を捥いだ。その衝撃で蹌踉めき足が絡れ、トロールは後方へと倒れる。
だがそこへ、好機を逃すまいと、極道がトロールの背中に飛び蹴りを入れる。そのおかげで、体勢を元に戻したトロールは、残った左腕で棍棒を拾うと、激しく咆哮する。どうやら、更に怒りが増したようだ。
「なにしてんねん! 自分、阿呆なんか!?」
「うるせぇッ!! 黙って見てろ!!」
――物は試しだ……――
何か策があるのか、暴言を吐き捨てこれほどまでにない笑みを見せる。宙で身体を右側に捻り一回転すると、担いでいた大鎌をトロールの左腕目掛けて投げつける。
「うらぁッ!! 喰ってこい!!」
極道がそう叫ぶと、大鎌は縦回転で飛んでいく。回転力をどんどん増していくその大鎌は、黒色の影を纏うと、やがて牙を剥き出しにした獣の形に変化して、トロールの左腕を喰い千切る。これは、彼の【技能】“冥界の番犬の牙”である。
痛そうな叫び声を上げるトロールだが、両腕をなくしたにも関わらず、戦意喪失するよりも寧ろ、更に怒りを増して激しく咆哮すると、両足で周囲の木々を蹴り倒したり、蒼空たちを踏み潰そうと暴れ回る。
「――少し、お静かに」
極道の頭を踏ん付けて飛んだ大和が、籠手を装備した右拳に力を込めると、【技能】“青天衝”を発動させ、強烈なアッパーをお見舞いする。
その一撃をもろに喰らったトロールは、白目を剥いて気を失うと、均衡を保てずに後方へ倒れる。
――まずい! こっちに倒れてくる!――
トロールの巨体とそれから伸びる大きな影が、草陰に隠れていた蒼空たち3人に段々と近付いてくる。だがそれは、彼らに到達する事なく激しい爆発音と共に煙が巻き上がる。
――一体、なにが!?――
煙が晴れ、蒼空たち3人が目にしたのは、1匹の狐。どうやら、トロールの巨体目掛けて【技能】“狐火”を放ったらしい。装飾品のネックレス効果で威力が倍になったのか吹き飛ばされていくトロール。その先には、抜刀するタイミングを静かに窺っている叶の父親がいた。
――……まだ……まだだ…………今だッ!!――
【能力】“見切り”を発動させると、一瞬で間合いを詰める。そして、帯刀している黒色刀の柄に右手を触れさせたかと思うと、その刀身は既にトロールの上半身と下半身を綺麗に真っ二つにしていた。
――【技能】“繊月”!!――
その【技能】で刀身は細く、また鋭く、肉眼で捉えるのが難しいほどの抜刀術であった。しかし、彼の【技能】は瀕死状態のトロールには最早、過剰殺戮である。
「た……倒した……!」
そう言って、力が抜けたかのようにその場でへたり込む春宮。無理もないだろう。一度、トロールの巨体が彼らに倒れ込んできたのだから。
「ふぅ……みんなお疲れさん」
槍壱が、大和たちにねぎらいの言葉を掛ける。
「おい、じじぃ!! てめぇ、俺の頭踏みやがって!! 殺す!!」
極道が、スーツの内側から取り出した短刀を大和に向かって振り回す。
「ぼっちゃまー無事ですかー?」
大和は、極道のそれをあしらうかのように躱しながら、蒼空の無事を確認する。
「まあ、突っ込んで行ったのが悪いな」
「申し訳ないと思っていますよ? ただ、討伐が優先だったもので」
「チッ……」
極道は、短刀を振り回すのをやめ『覚えておけよ』とでも言うかのようにギロリと睨む。
――どうせ大和、少しムカついたから頭踏んだんだろうな――
蒼空は大和の行動を読み取ると、不良4人の方に目を向ける。そこには、彼らに詰め寄られている少年。
「あっ、みんなお疲れ様〜」
リーゼントの男に胸倉を掴まれながら、少年は笑顔で槍壱たちに手を振る。
「ほんま、他人事やのぅ」
「さて」
「指出せ」
「え……?」
『お仕置きはなし』と2人の言葉を忘れていなかった少年。だが2人は、少年に詰め寄っていく。
「え、ちょっ――」
とくるりと一回転すると逃走を図る。
「どこ行くんだぁ〜?」
少年が逃走を図ろうとした先には、不良たち4人が立ちはだかる。逃げられないと悟る少年の両肩に手を置く叶の父親と極道。
「「あっち、行こうか」」
少年に笑顔を向けながら、森の奥深くを指差す2人。恐怖を覚え身体を震わせる少年は、蒼空の方に『助けて』と顔を向ける。
「神様はなんて慈悲深いのだろう」
蒼空は、わざとらしく両手を組む。
「違う! 違うよ蒼空くん! 助け――」
少年は両腕を2人に掴まれ引き摺られると、不良4人と共に森の奥深くへと連れて行かれる。時折、少年の泣き叫ぶ声が辺りに響いた。
「連れて行かれちゃいましたね」
「自業自得ですね」
蒼空が『南無』と手を合わせる。
「ぼっちゃま、今日はここで野宿に致しましょう」
夕暮れ時と森の中が相俟って辺りはいつの間にか薄暗くなっていた。蒼空たちは残っているメンバーで、他の6人と少年が帰ってくるまでに焚火などを作り、野宿の準備を始めた。