Ⅱ
突如、森に現れた巨大生物。けたたましい咆哮をあげるそれに、呆気に取られ尻餅をついてしまう蒼空。
「なんやけったいなもん現れよったで」
「な、なにあれ」
「ぼっちゃま、大丈夫ですか?」
大和が、蒼空の傍にすぐ寄ると手を差し伸べ立たせる。
「あっ……あそこに$#%&@¥」
少年が、もごもごと口ごもりはっきりしない。だが、彼のその様子を見て蒼空が察した。
「どうやら、この神曰く、残りの4人はあの巨大生物のいる森にいるみたいだよ」
「え!? じゃあ、早く助けてあげないと!」
唐突に声をあげたのは、襟詰めの学生服を着た男性。第1ボタンまでしっかり締めている。目鼻立ちの整った爽やかな顔には、緑色の瞳に丸眼鏡を掛けている。髪形もツイストスパイラルパーマに重めの韓国マッシュと、少しミステリアスな雰囲気を漂わせる。
――彼は……そうだ! 橋で消えた高校生だ!――
影が薄い彼を危うく忘れそうになっていた蒼空。
「えぇ加減にせぇよ、われ……」
槍壱は、後頭部を掻きながら呆れる。
「あとでお仕置きな」
物優しそうな男性は、Yシャツの両袖口を肘の少し上辺りまで捲る。
「あとでしっかり落とし前つけてもらうからな」
なんだかんだ悪態を吐きながらも協力を惜しまない極道。何処から取り出したのか、肩には大鎌を担いでいる。
「不肖ながら、私奴も助太刀致しますゾ」
大和は、両手の白手袋を装着し直す。
その4人から溢れる謎の絶対的安心感は、神と名乗る少年をも凌駕する。しかし、彼らの手持ちの装備では、あの巨大生物を倒すことは不可能。寧ろ、死に急ぐようなものである。『どうすべきか』と頭を悩ませている間にも、巨大生物は暴れ回り次々、森を破壊していく。だが彼らは『考えている余地はない』と即決すると、4人を救助すべく森へと走り出した。
***
一同が森へと向かってる最中である。ふと、疑問を抱く蒼空。
――なんで狐がいるの?――
少女を守るかのように並列で走る狐。艶のある綺麗な毛並み。それは、とても野生の狐とは思えないほど黄金色に輝いている。ただ、普通の狐と違っているのは尾が9本も生えていること。だが狐は『詮索するな』と言わんばかりの勢いで、横目で蒼空に睨みを利かせる。
蒼空が慌てて目を逸らすと、前方から大和が近寄ってくる。
「ぼっちゃま、もう間もなく森に到着致します。私奴から離れぬよう、しっかり付いてきて下さい」
「全く、大和はすぐ子供扱いするんだから」
大和の心配を余所に『やれやれ』と適当にあしらう蒼空。
「いや、自分子供やろ!」
そこにすかさずツッコミを入れる槍壱。
「頼りないですが、僕も一緒にいますので」
頼りなさげにそう言うのは、蒼空と並行して走る先程の高校生。
「あっ、すみません。初めましてですよね。僕、春宮凛都って言います。よろしくお願いしますね!」
「どうも、春宮さん。ぼくは――」
「自分ら、自己紹介はあとにしぃ!!」
槍壱の言葉と共に、森から地鳴りと突風が吹きつける。蒼空は、飛ばされまいと踏ん張ったものの、体重も軽いせいもあってか地から足が離れ宙に浮く。
「ぼっちゃま!!」
大和は手を伸ばそうにも、地鳴りと突風を防ぐのが精一杯で身動きが取れない。
「僕の手を掴んで下さい!!」
春宮が伸ばした右手に蒼空が間一髪で掴み、何とか事なきを得る。
「大丈夫ですか? 怪我はないですか?」
蒼空の下へ駆け足で近付き、彼の身体に傷がないかとあちこち確認する大和。
「なんとかね」
無事なことに安堵したのか、くるりと春宮の方へ向き直り、燕尾服の内ポケットから何やら取り出すと、頭を勢い良く下げ両手を差し出す大和。
「春宮殿!! 感謝を!!」
そう大袈裟に感謝を述べる大和の手には、札束が1つ。
「い、いえ。無事ならそれで。あと、お金はいいです怖いです」
「左様ですか……」
少し不満そうに札束をしまう大和。そのやり取りに『そりゃそうでしょ』と心の中でツッコんだ蒼空は、破壊された森の一部に視線を戻す。
「これは……酷いですね」
「はよ助けに行ったらなやばいんとちゃうか?」
「私奴もそう思います。すぐに参りましょう」
森の入り口を塞ぐように薙ぎ倒された木々。その近辺から巨大生物を見上げる槍壱と大和。
「もう死んでんじゃねぇか?」
「まだ生きてる可能性はある」
極道のマイナスな発言に対して、希望を捨てない少女の父親。
「あ、あのさ……君たちに渡したいものがあって……いいかな?」
失態続きの少年が、おどおどした態度で会話に割り込む。蒼空たち一同は『次はなんだ?』と眉を顰めながら少年を見る。
「その、本来なら全員集まってから渡そうと思っていたんだけど……」
少年は指をもじもじさせながら、チラチラと蒼空たちの様子を窺う。また彼らに怒られたり呆れられたりされないかと、心配しているようだ。
「で、なんやな。その渡したいもんって」
「えっとね、それは【技能】だよ!」
「【技能】? はて、どういったものなのでしょうか?」
大和は、聞き慣れない単語に首を傾げると、蒼空に問う。
「あれだよ、あれあれ。アニメとか漫画でよく聞く“最強技能”的な感じの……」
蒼空たちの会話を余所に、少年はその【技能】とやらを授けるための準備に取り掛かる。しかし、準備と言ってもただ目を瞑り呪文を唱えるだけ。魔法陣は出現せず、それよりも少年の手の平から眩い光の玉が、無数に宙に浮き上がる。
「わぁ……綺麗!」
宙に浮かび上がる光の玉に、可愛らしい笑顔を見せる少女。
「さあ、好きなのを1つ選んで!」
「好きなんって……どれが、なんやねん!」
槍壱が、光の玉の1つにツッコミを入れると、それが彼の体内に入り込み眩い光を放つ。
「な、なんや! ……って、なんも起こらんで」
「[身体能力]って言ってみて」
少年に言われた通り槍壱が[身体能力]と唱えると、Smartphoneより大きい画面が宙に浮かび上がる。少し身体をびくつかせたものの、彼はすぐに落ち着きを取り戻して、まじまじとそれを眺める。
「ゲームみたいやな」
飲み込みが早いのか、表示された画面を横に操作すると、2つめの画面の一番最後の項目に視線を移す。
そこには――
【固有技能】
*神速
【技能】
*神鳴一閃突き
【能力】
*体術A
*武術A
*槍術B
――など、少年が言っていた【技能】の他にも沢山の項目が記載されていた。
「他にもなんや色々あるみたいやけど、この【固有技能】“神速”ってやつ特に気に入ったわ! なんせ、笑いには速さが命やからな! なんでやね~ん!」
「それはよかっ――ぐっ……はぁっ!!」
「ってこんな……風に……」
軽く振ったつもりの槍壱の右手に【固有技能】“神速”が使用され、少年の腹にめり込むと、果てしなく続く草原の彼方へと吹き飛ばされていく。
「あらぁ~…………」
広大な草原へと吹き飛ばされていく少年を眺めながら「めっちゃ飛ぶやん」と呟く槍壱。
「可哀想だから、お仕置きはやめてあげよう」
「そうだな」
少年のおかげか、初めて意見が一致した極道と少女の父親。その様子を見ていた蒼空と他の一同は、宙に浮いた光の玉に触れ[身体能力]と呟くと、各々、自分の【能力】などの確認をし始めた。