Ⅲ
「「あまり大人を舐めるなよ！！」」
と蒼空のBluetoothから聞こえてくる男女４人の叫ぶ声。だが、彼の片眼鏡を掛けた右目は、少年がほんの一瞬だけ見せた表情を見逃さなかった。
――今は、ダメだ。撃っちゃダメだ！――
少年はまるで『邪魔をするな』とでも言うかのように、僅か0.０５秒間、狙撃手のいる方を凄い剣幕で睨んだのだ。
そして、蒼空が言葉を発するよりも早く、指示を無視し撤退していなかった彼らは、再び発砲すると、撃ち放たれた４発の弾丸は、見事に少年の頭部、胴体を貫き命中……したかと思われたが、少年は、その４発の弾丸を右手の指で挟んで止めていた。
そこにいた全員が息を呑む。『人間じゃない……』と、その場で見ている誰もが思った。また動こうにも動けずにいた。
少年の右手には４発、左手には８発の弾丸。それを見た蒼空が察するよりも早く、機動隊の１人が声を張り上げながら、少年に向けて銃を連射する。
だが少年は、機動隊に一瞬で近付くと「寝てなよ」と言い放ち、顔面に回し蹴りを喰らわせると、盾を構えた機動隊の３人のところに蹴り飛ばした。それから、両手に持った計１２発の弾丸を、狙撃手達に投げ返そうとする。
「言う事はちゃんと聞かないとね。あと、返すよこれ」
「――逃げて！！」
蒼空の叫ぶ声で、その場に立ち竦んでいた狙撃手たちが、装備をそのままに撤退する。
その時間稼ぎに大和が、少年の下へ凄まじい速さで駆け寄ると、両手の拳でパンチを繰り出す。しかしそれも虚しく、少年は大和の猛攻を華麗に躱すと、彼の顎に蹴りを掠めてバク宙し、背中を見せて撤退する狙撃手目掛けて１２発の弾丸を投げ放つ。
蒼空も大和もその飛んでいく弾丸をスローモーションで見るかのように目で追いかける。だがそれは、一瞬で狙撃手たちを貫いた。１人辺り３発ずつ、声にならない声を上げ、腕、足、肩と致命症を負わない箇所に銃弾を受けると、４人はその場で力無く倒れた。
そうとは知らない蒼空と大和。沸々と怒りが湧かせる２人は、少年を睨み付ける。
「おお、怖い怖い」
茶化すように言葉を放つ少年の背後で、機動隊の３人が再び警棒を振り翳す。だが、それも飽きたように、ただ面倒臭そうに躱す。
「もういいよ」
少年は、機動隊の３人にそう言うと、目で追うのもやっとな素早い動きで圧倒させ、彼らを一瞬にして気絶させる。
「肩慣らしは、もういいかな」
蒼空は、拳を握り締め、歯を食いしばる。それもそのはず、今までどんな事件もこんなに苦戦を強いられる事はなかったからだ。彼にとって、これは練りに練った計画。その作戦の殆どを失敗に追い込まれて、悔しいはずがないのだ。
だが大和は違った。先程も１割程度の力しか出しておらず、体力が有り余っている彼は蒼空に「私奴が」と一言。
蒼空も『お願い』と言うように頷く。
大和は、両手に白手袋を付けると、先程の目付きと打って変わって、更に鋭く少年を睨み付ける。その瞳の奥では、静かに闘争心を燃やしている。
「君のその目、いいね！ 人間とは思えない殺気を感じるよ。ボクも少し本気を出そうかな」
大和と少年は、睨み合ったまま。だが、強者にしかわからない、この胸の高鳴り。彼らは拳を構える。深く呼吸をし息を整えると、お互い笑みを浮かべて激しくぶつかり合う。
蒼空の目の前で繰り広げられるその肉弾戦は、意識を取り戻し始めた機動隊をも圧倒するほど。
「少し休憩でもする？」
少年のその言葉に大和は『ハッ』とする。左の額からつーっと、一滴の汗が顎のところまで垂れる。それを、左手に装着した白手袋でさっと拭う。
「失礼致しました。目に埃が入ったようです」
「やせ我慢しなくてもいいよ？」
煽ってくる少年に対して、大和は冷静に言葉を返す。
「いえいえ、結構です。それより貴方こそもう少し本気を出したらどうですか？」
「へー、言うじゃん……じゃあ、アクセル全開で行かせてもらうよ！」
大和はMAXの力で対処していたが、少年はそれに対し３割程度の力しか出しておらず、互角と言うよりも２割ほど劣勢で、正直、合わせるのがやっとな大和は、少し疲労が溜まってきていた。
しかし、そんなことは問題ではないと自分に言い聞かせ、限界以上の力を出す。少年も大和に合わせて８割程度、彼と同等の力を出すと、お互いに勢いよく前に飛び出して、再び、激しくぶつかり合う。
かと思いきや、大和は突然、ふらっと前に倒れる。少年は、大和のすぐ右隣を通り過ぎながら、何が起こったのかとすぐに振り返ると、彼のほくそ笑む顔を見て全てを察した。
――罠か！！――
気付くのが少し遅れた少年に対し、大和は大きな声で蒼空に向かって叫ぶ。
「蒼空様！！ 今ですゾーーッ！！」
それに答えるように、意識を取り戻した機動隊３人が、少年の背中に警棒を振り翳す。彼は振り向きざまに『何度も同じ手を』などと思いながら、警棒を躱し切り、１人の機動隊の手を掴むと他の２人にぶつけるように投げつける。だがその機動隊たちをおとりに使うように、蒼空が少年の背後を取る。
「――ッ！？」
これまで以上に驚いた顔を見せる少年。それもそのはず、これまで自分で動こうとしなかった蒼空が、自ら動き背後を取ってきたのだから。大和も力を出しすぎた反動か少し鼻血を出していたが、そんな事はどうでもいいと言うくらいに『してやった』と歯を見せ笑う。
そして、少年の背後を取った蒼空は、彼の頭上目掛けて電気警棒を思い切り振り翳す。だが、それを寸でのところで受け止める少年。それも蒼空と全く同じ警棒で。
「――やる事が卑怯だって言われた事は？」
「ぼくこう見えて、美食家なんですよ」
警棒で鍔迫り合いをしながら、嫌味と皮肉を言い合う２人。暫く、警棒で激しい打ち合いを繰り返したものの、蒼空の保っていた均衡が徐々に崩れ始める。
それもそのはず、頭の切れはぴかいちな蒼空だが、大和と違って身体能力は人並み以下。それに、走ったり上ったりしたせいもあって、体力はもう殆ど限界に近かった。
その隙を逃すまいと、追い討ちを掛けるように警棒を振り回す。挙句に、蒼空の警棒を奪い取ると、近くに転がっていた空の発煙手榴弾を、体制の崩した彼の顔面目掛けて蹴り飛ばす。蒼空は、自分目掛けて飛来する空の発煙手榴弾を避け切れず、もろに顔面に喰らうと身体を仰け反らせて、そのまま勢いよく大和の下へと転がっていく。少年は『ストライク！』とガッツポーズを見せながら喜ぶ。
「蒼空様！？ 大丈夫ですか？！ 蒼空様ーーッ！！」
「大和うるさい！ 耳が潰れちゃう！」
「申し訳ございません。あまりにも心配で……つい」
そのやり取りを少し離れた所から見ていた少年は、にやにやしながら２人の下へと近付いていく。
「なかなか楽しませてもらったよ。特に蒼空くん！ 君のあの振り翳す時の顔、とってもゾクゾクしたよ！」
「貴様ァ……」
「そんなに怒らないでよ大和さん。ボクはね、君みたいな人間に出会えてとっても嬉しいんだ！ だって、この神であるボクをこんなに楽しませてくれるんだから！」
「神……？」
神と名乗る少年は両手を大きく横に広げると、まるで重力など無視しているかのようにスーッと宙へ浮き上がる。蒼い月光に照らされる彼の背中からは、純白に輝く大きな翼が広がる。同時に、閉じていた瞼をゆっくり開けると、灰色の瞳は何処へやら、右目は金色、左目は碧色。左右非対称に輝く虹彩異色症。
少年の変貌した姿を目にし、愕然としている２人。大和は、額に一筋の汗を垂らし、喉を鳴らして生唾を飲むと、一言こう呟く。
「我々は神と……？」
「理解が早くて結構。おや？ そろそろ時間のようだ」
何かのお告げか。すぐに会話を切る少年。
大和は、すかさず問い掛ける。
「時間とは？」
「……ん？ ああ、そうだね。簡単に説明すると、君たちを別世界へ連れていく。だから、その場で動かないで――」
「――待てるか！！」
蒼空は会話を遮ると、機動隊の装備から取ったネットランチャーを、宙に浮いている少年に向けて撃ち放つ。だが少年は、それを見透かしていたかのように深く溜息をすると、そのネットをひょいっと避ける。
「もっと賢いと思ってたけど」
呆れたように言い放つ少年は、右手で指を鳴らすと、先程のネットが蒼空に向かって放たれた。それに為す術もなく捕らえられた蒼空は、じたばたと暴れ藻搔く。少年がそれに見兼ねて指を鳴らすと、蒼空は急に寝静まる。
「――何を！？」
「大丈夫。少し眠ってもらっただけだから。時間も時間だし、君も眠っておくといいよ」
「まっ――」
少年は、大和の言葉を遮って指を鳴らすと、彼を一瞬にして深い眠りへとつかせる。それから、柔軟体操を始めると、念入りに身体を解していく。２、３度、深呼吸をして頭と心をすっきりさせると、両手を前に出して呪文を唱える。
すると、２人を囲うように金色に輝く六芒星の魔法陣が描かれる。少年が呪文を唱え続けるたび、その魔法陣には神代文字が浮かび上がっていく。呪文を唱え終わる頃には、魔法陣の輝きが増し、その場から２人を別世界へと転移させた。
「ここまで苦労した甲斐があったよ。君たちのような人間は滅多にいないからね」
少年は、蒼い月を見上げながら何処かへと消え去った。
