II
・美島 蒼空
年齢13歳/美島財閥の御曹司/美島探偵事務所(探偵)/東京/
・京極 大和
年齢50歳/美島財閥の執事/美島探偵事務所(助手)/東京/
・謎の少年
???/???/???/???
・美島 小百合
享年29歳/美島財閥の令嬢/美島蒼空の母親/東京/
蒼空は、これまでの出来事を淡々と話していく。
「始まりは“一通の手紙”。中には“行方不明者9人”の名前と写真が記載されたリスト。すぐに日本に帰国してみれば、不思議な事に、その件について、何一つ噂を耳にする事はありませんでした。そこで、警察組織の協力の下、捜査会議を開き調査を開始しました」
ここで一呼吸置き、話を続ける。
「調査の結果、ここ数日で行方知らずとなった該当者は、リストに記載されている9人の内、“4人”」
再び「コホン」と、喉の調子を整えて話を続ける。
「その4人が行方知らずとなった理由は簡単です。監視カメラの映像全てに君の姿が映っていたからです。ね? 簡単でしょ?」
右手の人差し指を立て笑みを見せる蒼空。それから彼は、帽子の鍔を掴み少しだけ位置をずらし直すと、両手をコートのポケットに突っ込み、その場を行ったり来たり往復しながら話を続ける。
蒼空の一歩後ろにいる大和は、彼の推理、一言一句に耳を傾けながら顎に手を添えて頷いている。
「ですが、疑問点が二つ。まず一点、監視カメラの映像には、君が彼らを攫う肝心な箇所は映っておらず、ただ何もせずに静観しているだけという事。もう一点は、その4人の消え方の不可解さ。トラックに轢かれた親子、住宅街の夜道を歩く極道、大きい橋を渡っていた高校一年生、彼らはなんの前触れもなく忽然と姿を消したことです。この二点から捜査会議の結果、君を第一容疑者と見做すしかないとの結論が出されました。すると、調査君はぼくたちの前に現れ、問い詰める前に逃げた。そう、つまりこれはもう『私が攫いました』と言っているようなもの。いや、断言します! 君が彼らを攫ったんだ! ――さあ、もう逃げ場はない! 彼らを何処へ連れ去り何が目的なのか、さっさと白状してもらおうか!」
蒼空は少年に向けて、先程よりも自信満々に真っ直ぐ指を差すと『決まった〜!』と、心の内でガッツポーズをしてみせる。彼のその噛み締めた喜びを読み取ったのか、大和が微笑ましい顔で盛大に拍手を送った。
その推理に「お見事」と、わざとらしく間を開けながら称賛の拍手を送る少年。
「お見事ってことは、認めるんだ?」
「フッ、フフッ……」
少年は下に顔を向けると、口に手の甲を当て噛み締めるかのように笑いを堪える。そう彼は気付いていた。蒼空がコートの中で携帯を操作し、警察に指示を送っていたことに。
「?」
その様子に首を傾げる2人
「コホン! ボクも推理してあげよう」
少年は、わざとらしく咳払いをすると、勝手に推理を披露する。
「向かいに建ち並ぶビル4棟には、各1棟に1名ずつ配置された狙撃手。ボクの背後にある非常階段の扉の向こう側には、機動隊が待機中だったり。あと、地上にはたくさん警察がいるね」
蒼空は、入念に練った作戦をこうもあっさり見破られるとは思わず、その場に立ち尽くす。遂には、ギリギリと歯軋りをしながら、両手を握り締め、少し肩を震わせて下を向く。大和も主人をこけにした少年と自分の不甲斐無さに相当腹を立てている。
だが、ここまで見抜かれては黙っていられない。
「……大和」
「――ええ!!」
蒼空と大和は、横目で視線を送り合うと、勢いよく前に飛び出し左右に分かれ、少年に詰め寄っていく。
蒼空は、少年から30m離れた位置で止まると、コートの左側内ポケットから右拳より少し大きな発煙手榴弾を取り出す。
『ふぅ……』と息を吐くと、発煙手榴弾のピンを抜く。それから大きく振りかぶると、彼の足下目掛けて思い切り投げつけた。まるで野球の投手のように、しかしその投げ方は見掛け倒しの素人そのものだった。
煙が放出されるまでの時間は10秒。投げるまで約5秒。20m地点に落下し跳ねるまで8……9、10秒ちょうどで、それを右足で踏み止める少年。しかし、彼が言葉を発するよりも前に発煙手榴弾から一気に煙が噴き出すと、辺り一面を覆っていく。
視界を遮られたのにも関わらず、焦る様子を一切見せない少年。再び、両手を頭の後ろで組むと欠伸をする。
少年に近付いていた大和は、煙幕の中に飛び込むと、彼の死角である左斜め後ろから飛び掛かる。
しかし少年は、それをひょいっと躱す。
「随分、素早い動きだね」
その挑発をあしらうように『フッ』と鼻で笑う大和は、本来の力より1割の力しか出していない。それに、無闇矢鱈に飛び掛かり続けている訳でもなく、同時に少年の反射神経、柔軟性、視線、行動パターンを見極めていた。だが、彼の余裕な態度に少し違和感を覚える。
それもそのはず、少年は1割も力を出していない。しかしそれも飽きたのか、急に手を抜くと、その不自然さに大和がすぐ気付く。
「お疲れですかな?」
少年は、大和の的外れな言葉に敢えて油断すると、飛び掛かってきた彼に右足首を強く掴まれる。
「――やるね!」
「そちらこそ……」
しかし、どこか怪訝そうな顔をする大和。
だがそれも束の間――少年は、大和に強く掴まれた右足を軸に、ぐるっとその場で1回転すると、左足の踵で彼の左頬を思い切り蹴りつける。それに対して大和は、自分の左頬に迫ってきた少年の蹴りに瞬時に反応して、左腕で上手く防いだものの、煙幕の外側へと蹴り飛ばされた。
「大和ッ!?」
煙幕の外側で待機していた蒼空は、蹴り飛ばされてきた大和に目を見開くと、慌てて彼の下へ駆け寄る。蒼空が動揺を示すのも無理はない。何故なら、大和が相手の後手に回るようなことは、今まで一度もなかったからだ。ところが大和は、蹴りを受けた左腕の袖の皺を伸ばすと「大丈夫です」と蒼空に横目で言い放ち、すぐに煙幕の方を見据える。
未だに煙幕内に囚われている少年は、手加減をしたつもりが『やりすぎた』と様子を窺うも、視界を遮られていて状況の把握が出来ないでいた。
「鬱陶しいなあ」
少年が、右の手の平で軽く一振りすると、瞬く間に煙が払い除けられる。煙が晴れるのが早い事に驚きはしたものの、それを待っていたかのように、蒼空は右耳に付けていたBluetoothに右手を添えると『撃って』と指示を出す。
その指示を受けたのは、ビル4棟に配置されている狙撃手たち。うつ伏せになっている彼らは、蒼空の指示に「了解」と応答すると、二脚が取り付けられたボルトアクションライフルの引き金に人差し指を添える。
黒染め仕様のそれは、全長1118mmで銃身610mmと長く、口径は7.62mm。重量は4200g、有効射程は800m〜1000m。装弾数は5発。国産で唯一の大口径ボルトアクションライフルで、その名も“豊和M1500(ヘビーバレル)”である。
狙撃手たちは、銃床を右肩に当て、光学照準器を利き目である右目で覗くと、少年の胴体それぞれに照準を合わせて、息を吐き切り引き金を引く。600m離れたビルから.308Win弾が、1発ずつ間を置いて、計4発、撃ち放たれた。
だが少年は、自分に向かって飛来する4発の弾丸に「Shall we dance?」とふざけて言葉を交わすと、Step・Turnを繰り返し華麗に躱していく。
狙撃手たちは「有り得ない」と呟くと、すぐに銃のボルトハンドルを起こしてロックを解き、ボルトを手前に引いて排莢する。そして、ボルトを前方に押し薬室に弾薬を装填すると、ボルトハンドルを倒して薬室を閉鎖する。
もう一度、少年に照準を合わせ胴体に狙いを定めると、引き金を引く。しかし、それも虚しく、彼には1発も当たらない。寧ろ、弾の方が逸れていく。
「ちゃんと狙って〜」
少年は、狙撃手たちがいるビルの方角に手を振りながら余裕の笑みを浮かべる。彼らは、人間では有り得ないその動きに「なんなんだ」と声を漏らすと、次は胴体ではなく頭部に向かって一斉射撃をする。
「殺意満々だね」
まるで愉しむかのように、スロモーションで飛来する弾丸を顔ギリギリで逸らし躱していく。その様子に蒼空は『これもか……』と歯を食いしばる。再び、Bluetoothに右手を添えて「撤退して」と指示を出すと、別の部隊に「突撃」と指示を出す。
その指示の下「突撃ぃーーッ!」と大きな声と共に、屋上にある非常階段の扉が蹴り破られる。流れ込むように出てきたのは、安全靴に似た“警備靴”を履き、紺色をした綿性の“出動服”の上には、ポリカーボネート製の臑当と篭手、前面にステンレスプレート、背面の裏側に打撃の衝撃を吸収するウレタンクッションが張られたナイロン製の防弾性能付きの“防護ベスト”、“太もも覆い”を装備した5人の機動隊。防護ベストの背面には、白字でPOLICEと入っている。頭にはポリカーボネート製の鉄兜を被っており、内装には厚さ2mmのバイザーに、頚椎保護用の垂れが付いている。
3人の機動隊の左手には、ポリカーボネート製の厚さ8mmの防護盾。視認性確保のため透明に作られており、その湾曲のある形状は衝撃を逃がし貫通を防ぐ防弾性能が備わっている。彼らの右手には、長さ60cm、直径3cm、重さ320gある警棒。アルミ合金製、伸縮式で鍔付き、振った際に滑り落ちにくいグリップ。持ち手側には、王冠状のグリップエンド“ガラスクラッシャー”が取り付けられている。
その3人の背後にいる2人の機動隊は、ダットサイト、フラッシュハイダーにマウントベース、Fタイプストックが装着されたH&K社製のMP5を構えている。少年を背後から囲むようにして、盾を構えた3人が近付き、銃を所持した2人は、少年に狙いを定めながら横移動しつつ、蒼空と大和の前に立つ。
「我々が捕らえてみせます」
そう意気込んだのも束の間――少年は、その機動隊に一瞬で近付くと「やってみなよ」と彼の腹部に思い切り右拳を入れる。大いに油断した機動隊の1人は、言葉を発する事なく殴り飛ばされ、蒼空の左側を横切り屋上の平場を転がると、そのまま意識を失った。
その一瞬で『非常にまずい』と察したのか、再び「突撃!」と指示を出すMP5を構えた機動隊は、少年に照準を合わせると連射する。防護盾を構えた機動隊の3人も、少年の頭部、右足、左横腹目掛けて警棒を振り翳す。
しかし少年は、振り翳される警棒も何発も放たれる弾丸をも全て躱し切ったのであった。