III
海堂の隣に座っていた女の子が、今か今かと身体を震わせながら待っている。
「おまっとうさん! ほな、殺ちゃん。自己紹介よろしく!」
ニッと歯を見せ笑うと、殺と呼ばれた女の子に自己紹介を促す槍壱。
「やっと、あたしの番ですのね!」
そう言って立ち上がると、膝上の高さで履いた黒色と水色の格子柄のスカートに付着した土埃を手で払いお嬢様口調で話し始める。
「あたしは、椎名殺。16歳よ。殺って呼んで下さると嬉しいですわ。自分で言うのもあれですけど、これでも椎名財閥の令嬢ですの。それと、高校ではチアリーダーを少々。皆様、よろしくお願い致します」
片足を斜め後ろの内側に引いて、もう片方の足の膝を軽く曲げると、背筋を伸ばしたまま両手でスカートの裾を軽く持ち上げてお辞儀をする殺。
145cmと小さな身体には、Yシャツに赤い大きなリボン、その上にはベージュのカーディガンを着用している。可愛らしい小顔の鼻の辺りには少しそばかすがあり、それに負けじと紫色の瞳が輝く。髪もキャラメルブロンドに高めフロントトップのお団子ヘアと可愛らしい髪型をしている。たまに、ニッと笑った時に見える八重歯がまた特徴的である。
その可愛らしい姿から不良とは思えない礼儀正しい振る舞いと丁寧な言葉遣いに、蒼空たち一同は盛大に拍手を送る。
「+αで言うと、“博多の女帝”って言われとんねん。つまり、福岡の頭っちゅうことや。まあ、ええ子やから仲良うしたってな」
「ちょっと槍壱さん!? それ言わないで下さる?! 折角、印象良くしようと説明を省いたのに!」
顔を赤らめながらむくれる殺に対し、悪戯っぽく笑う槍壱。だがそれもすぐに止めると、彼女は槍壱をどこか安心したように見つめる。
――よかったですわ……また、こうして貴方様と出会えて――
3人の不良の自己紹介が終わり、残すはあと1人と殺の横に座っている男に視線を向けるが、彼は眠いのか三角座りをしながら、首を縦に振ってうとうとしている。
「おーい、龍王ー。起きろー! 最後、お前やぞー」
「……ん」
叶が起きないように、小声で呼びかける槍壱の声に反応して瞬きを何度かすると、目を擦り大きく欠伸をする龍王と呼ばれた男。
「ごめん……寝てた」
「自己紹介、お前で最後やから」
「もうみんな終わったんだ」
そう言って頭を掻きながら、怠そうに立ち上がり欠伸を再度する。
身長は160cm後半と平均的だが、スラックスとYシャツの上に着た黒色のカーディガンと簡素な恰好が容姿と相俟って様になっている。髪型もとても自然な短髪で、髪色も地毛なのか薄い茶色。瞳の色も一般的な茶色をしていて、顔もそこそこいい。あと、左耳にはスタッドピアスをしている。
“一匹狼”と言葉が似合いそうな彼は、意外と裏では女子にモテ生やされてそうな雰囲気をしている。
「あー……なんやっけ? えー、京都の? なんか頭に勝手にされてた八雲龍王です。よろしくー」
「おい、龍王! 適当すぎやろお前!」
「えぇ……あっ、歳はみんなと同じ18。あとなに? 好きな食べ物は、甘いの。苺とか」
寝起きで怠いのか面倒臭いのか、はたまた元々こういった性格なのか、適当に自己紹介を終える龍王。
「因みにわいら幼馴染やねん! こいつ昔からこんなぼーっとしてんねんけどな、腕はピカイチやねん。贔屓しとるわけちゃうけど、こん中で一番強いんちゃうか?」
「おい待てよ」
何やら一番強いと言う言葉が気に食わなかったのか、立ち上がり話を止める獅子神。
「とらちゃん、どしたんや?」
「龍王が一番強いってのは、聞き捨てならねぇ」
「……50勝49敗1分」
今迄の勝敗の記録をボソッと呟く龍王。それを聞いた獅子神が、笑っているのか怒っているのか眉を引くつかせながら指を鳴らす。
「上等だ……決着つけようじゃねぇか」
「やだ。怠い」
即答で断る龍王に苛々が募り始める獅子神。
「まあまあ、とらちゃん。時間も時間やし、寝てる子もおるわけやから、な?」
「槍壱……てめぇも混ざっていいんだぜ?」
と槍壱にも喧嘩を吹っ掛ける。
「ええけど、とらちゃんわいに一回も勝ったことないやん」
槍壱のその言葉に対し、海堂と殺、龍王までが声を抑えながら笑う。言い返す事が出来ない獅子神は、その場に胡座をかいて座りそっぽを向く。
「さて、全員の自己紹介も終わった事やし、どないしよか?」
「そうですね……」
「寝る」
何かないかと考える春宮に対し、すぐに寝ようとする龍王。
「まだ21時ですよ。時間合ってるかわかりませんけど」
手に持っていた銀色の懐中時計を開くと、ローマ数字で指された時間を皆に告げる蒼空。その懐中時計の蓋の内側部分には、母親である美島小百合と2人で写った写真が飾られている。
「21時か。なんや中途半端な時間やなぁ」
頭を掻きながら悩んでいた槍壱が、思い付いたように手を軽く叩く。
「そや! アルフィーちゃん、なんか話す事あるやろ!」
「え……今はちょっと」
何やら今は都合が悪いのか、アルフィーに視線を向けると、何故か暗い森の方に1人で入って行こうとしていた。
「どこ行くんだ?」
アルフィーの服に大鎌の刃先を引っ掛けて引き止める倉本。
「え、いやちょっと探検に……」
「暗い森を? 1人で?」
獅子神に詰め寄られるアルフィー。気付けば、殺と海堂も周りを取り囲む。龍王も面倒臭そうに立ち上がる。
「1人だと心細いだろ? 俺達も一緒に行ってやるよ」
転移先を誤った事をまだ根に持っていたのか、アルフィーをひょいと担ぐと森の方へと入って行く4人。
「あんま遠くまで行きなやー」
槍壱が彼らにそう注意すると、獅子神が『わかった』とでも言うかのように手を上げる。
――それにしても、また個性豊かな人達を連れて来たもんだ――
森の奥へ連れて行かれるアルフィーを眺める蒼空は、大きな欠伸をする。この一日中、動きっぱなしで緊張も解けたせいか、どうやら身体と脳に一気に疲労がきたようだ。
「助け……助けて!! 誰か!!」
何故か森に逃亡を図ろうとしていたアルフィーが、不良達に拉致られていく姿を横目に、彼の助けを求め泣き叫ぶ声がどんどん遠くなっていくのを聴きながら、蒼空は硬い土の上に横になり朝まで深い眠りについた。
「おやすみなさいませ、蒼空様」