I.Once in a blue moon.
・美島 蒼空
年齢13歳/美島財閥の御曹司/美島探偵事務所(探偵)/東京/
・京極 大和
年齢50歳/美島財閥の執事/美島探偵事務所(助手)/東京/
・謎の少年
???/???/???/???/
・美島 小百合
享年29歳/美島財閥の令嬢/美島蒼空の母親/東京/
――2020年10月31日。
秋の夜風が心地よい満月の日の夜。
この日は、ひと月に2度目の満月、ブルームーンと呼ばれていた。
また、夜空に煌々と輝くその蒼い月の周りには、星々がまるで引き立て役のように散らばりながら光り、薄雲はステージに焚かれるスモークのように広がっている。そんな蒼い月光に怪しく照らされた地上では、ハロウィンパーティーが開催されており、街には可笑しな仮装をした人々で溢れ返っていて大賑わいだ。中でも、狼の仮装をした若者たちが、その月珍しさに遠吠えの真似事をしたりと大いに楽しんでいる。
しかし、こんなに騒々しい街にも関わらず、まるで忍のように、人知れず、屋根伝いを駆けていく3人の影。
先頭を駆けているのは、身長140cm、真っ白なパーカーに身を包み、短パンを履いた“少年”。白く柔らかな肌に透明感のある白色の髪は、ストレートショート×センター分けと中々、可愛らしい髪形をしており、中性的な顔と灰色の瞳に絶妙にマッチしている。そんな可愛らしい容姿とは裏腹に、普段からパルクールでもしているのか、華麗な身の熟しで建物間を軽々と飛び越えていく。
その少年を約20mの距離から様子を窺いつつ追いかけている、今時、滅多に見かけることのない黒色の燕尾服を身に纏った“老紳士”。身長も180cmと高く、白髪交じりのオールバックが似合う渋い顔。鼻の下には白い髭を生やしており、黒色の瞳をした左目には片眼鏡を掛けている。ハリウッド俳優たちに負けず劣らずないい面だ。もし今、イケおじ好きの女性たちがいれば囲まれること間違いないだろう。
さて、その前を走る2人を100mの距離から必死に追いかけている1人の少年。この距離を保つのが精一杯なのか、額からは大粒の汗を幾つも垂らし、肩呼吸するほど酷く息を切らしている、それでも尚、諦めず一所懸命に走っている。
こんな少年ではあるが、実は彼、この物語の主人公である。
身長は140cmくらい、中性的な顔立ちではあるが、頬は餅のように柔らかな肌質をしている。瞳は少し薄い茶色で、右目には片眼鏡を掛けている。ふんわりとした髪は、ミルクティーのような色合いで、前髪は眉毛の少し下辺りで綺麗に切り揃えられている。その前髪の左端には、何束か金メッシュが入っている。また、彼の恰好も珍しく、鹿撃ち帽を被り、赤い蝶ネクタイとサスペンダーを付けた白いYシャツの上からは、外套の一種である茶色い格子柄のインバネスコートを羽織っている。
まさに、“探偵”と言わんばかりの風貌だ。
さてさて、この“探偵少年”と“老紳士”。どうやら2人で、先頭の“少年”を追いかけているようだが、一向に距離が縮まらない。
その一方で少年は、疲れている様子など一切見せず、追われているよりも寧ろ、かけっこでもして遊んでいるかのように笑みを浮かべながら余裕の表情で走る。その彼の目の前には、超高層ビルが聳え立つ。一旦、そのビルの前で止まると、少しずつ距離を縮めて来ていた2人の方へと振り返り、挑発するかのように大きく手を振った。
挑発してくる姿を目にした老紳士は、左の額に血管を浮き上がらせる。少し頭に血が上ったのか「ならば……」と呟くと、前に出した右足を強く踏み込み、そのまま勢いよく前に飛び出していく。衰える事を知らないのか、その勢いは老体と思えないほど凄まじい速さで駆け、少年との距離を一気に縮める。
――少年との距離は約10m。
老紳士は、その勢いのまま少年に両手を突き出したが、あっさりと躱された。
少し油断し内心焦った少年は、背後の超高層ビルへ向き直ると、軽々ビルの壁を駆け上がっていった。
とても人間業ではない一部始終を目の当たりにした老紳士。超高層ビルの下で止まり『ふぅ……』と息を吐いて心を落ち着かせ、辺りをゆっくりと見渡し始める。『ふむ……』と顎に手を添え何か考え込むように目を閉じる。数秒ほど経ち考えが纏まったのか、ゆっくりと目を開ける。彼は、目の前に聳え立つ超高層ビルではなく、周辺に建ち並ぶビル群に目を向けると、そちらの方へ駆けていき、階段を一段飛ばしで上るような感覚で、ビルを上っていった。
一方、その頃……。
一番遅れて超高層ビルに辿り着いた探偵少年。その場で止まって前屈みになると、膝に手を置いて酷く息を切らす。走っている最中でさえ息も絶え絶えだったのに、今は最早、呼吸困難レベルまで達している。暫くの間、ゆっくりと何度も深呼吸をして息を整える。
その間も、先の少年と老紳士は、着々と超高層ビルの屋上近くまで上り詰めていた。
探偵少年は少し焦りを感じながらも、ある程度まで息を整える。それから、目の前に聳え立つビルから視線を外し、辺りをゆっくりと見渡し始める。すると、何やら目星をつけたのか、少しずれていた右目の片眼鏡を指の腹で押し上げて正位置に戻すと、老紳士が向かった同じ方角のビル郡へと近付く。それから、腰回りに付けたポーチから鉤縄を取り出すと、幾度か振り回したあと勢いよくそのビルへ投げつける。しっかり引っ掛かっているかを何度も引っ張って安全性を確かめると、縄の部分を両手で強く握り締め、助走をつけて向かいのビルへと飛び移っていった。
***
超高層ビルから地上を見下ろせば、夜闇に負けまいと、人工で作られた建物の明かりや行き交う自動車のライトで、街は光に埋め尽くされている。ここから見渡す景色は、誰よりも何処のどんな夜景スポットよりも、絶景を見られること間違いないだろう。
そのビルの屋上にいち早く上っていた少年は、老紳士と探偵少年が辿り着くまでの数分の間、室外機に両腕を着いて座り、地上から見上げるよりも大きく見えるブルームーンを暇そうに眺めながら彼らを待っている。
――月までの距離はおよそ38万km。こんなに近い距離だと、手を伸ばせば届きそうだね――
そんな暇な時間など与えまいと、隣のビルから少年のいるビルの屋上に軽々と着地した老紳士は「ご覚悟ッ!」と言い放ち、彼に拳を身構える。
だが、老紳士の背後から何やら壁をよじ上る音。ゆっくり振り向くと、探偵少年がとても疲れ切った表情で、屋上の扶壁部分に上半身をしがみ付かせている。
それから、老紳士に指を差すと「ぼくの台詞!」と涙目を浮かばせながら叫ぶ。
その言葉にうっかりしていたのか『やってしまった』と右の手の平で顔を覆い天を仰ぐ老紳士。
まず、探偵少年が遅れてきたのが悪いのだが、彼はそれを一切悪びれる様子も見せず、指を差した右腕を縦に振り続けながら、老紳士にぶつぶつと文句を垂れる。だが、屋上の扶壁にしがみ付かせていた左腕が耐え切れなかったのか、ずるりと滑り落ちてしまう。彼は『あ、死んだ……』と瞬時に察すると、目を瞑り安らかな顔で下へと落ちていく。
「――ぼっちゃま!!」
――私奴はなんて愚かな……目の前の物事に執着しすぎて、するべき優先順位を間違えた! あの雨の日、今は亡き奥様、白百合様と『必ず守る』とお約束したはずが……! 我が命に代えても『守る』と、固く誓いを立てたはずなのに、何故ッ!――
冷静沈着な態度は何処へやら、血相を変え大きな声で叫んだ老紳士は、凄まじい速さで駆け、探偵少年が落ちていく場所に躊躇わず我が身を乗り出すと、扶壁部分を左手で鷲掴み、間一髪で彼の右腕を掴んで屋上へ引き上げた。
その屋上の平場にへたり込む探偵少年は、右手で後頭部を掻きながら「ごめんね大和」と言う。しかし彼は、助けてくれた老紳士の名を“大和”と呼び捨てにするどころか、平静を装って軽く謝罪するだけ。ところがどっこい、内心では『マジで死ぬかと思った』と連呼している。
「全く……格好が付きませんぞ、蒼空様」
大和と呼ばれた老紳士は、探偵少年の名を“蒼空”と様付けで呼ぶ。そんな彼も、平静を装い燕尾服の皺を伸ばすような素振りを見せてはいるが、額には少しばかり汗を掻いている。だが、その汗1つさえ見せまいと、白を基調とした柔らかな肌触りが心地良いフランス産リネン100%の“Y”とイニシャルの刺繍が入ったハンカチで汗を拭うと、蒼空に「お手をどうぞ」と手を差し出して立たせる。
身に纏った服の皺をスッと伸ばし、少年の方に向き直る2人。もう、お気付きだろう。彼らは主従関係であり、又、探偵×助手とお互いを深く信頼した関係性でもあるのだ。
「さて、茶番はお終いかな?」
こちらに気付き、漸く言葉を発した少年。大きな欠伸を一つすると、ぐーんと一度大きく伸びをする。それから、座っていた室外機の上からひょいっと降りると、履いている白い短パンに汚れが付いていないか執拗に気にし始める。
大和は、少年の挑発的な態度やふざけた振る舞いに若干、頭に来ているようで、その鋭い目つきで彼を睨み付ける。
今にも飛びつきそうな大和を見て『だめだよ』の一言でいとも簡単に諫める蒼空。
大和は『失礼致しました』と謝罪するように深々と頭を下げた。
「それで?」
少年は、どう言う用件か知っているにも関わらず、両手を頭の後ろに組むと室外機に凭れ掛かり、敢えて挑発的な態度を取る。
「余裕綽々と走っていた割に意外とせっかちさんなんですね」
蒼空は皮肉たっぷりな言葉を返すと、片眼鏡を指の腹で押し上げる。
しかし少年は、少し笑みを浮かべたかと思うと、ただ無言を返した。
「では、単刀直入に言わせてもらう――君が犯人だ!」
蒼空から急に指を差された少年は、訳も分からず、いや、分かってはいるけれど、急すぎてきょとんとしている。
「……あの、ぼっちゃま。それでは、単刀直入すぎて意味がわかりません。まずは、経緯説明から」
有ろう事か、探偵の醍醐味である推理をすっ飛ばして少年を犯人扱いした蒼空。だが、その鼻高々に差した右手の人差し指は、大和の助言によってしんなりと下げられてしまった。
「これは失礼。少し面倒臭いですが、ぼくの推理を披露させて頂きます」
「面倒臭いんだ」
少年の言葉をそっちのけで『コホン』と咳払いを一つすると、鹿撃ち帽を少し深く被る。探偵モードに入った蒼空から漂う雰囲気が、ガラッと変わった。
作者
「初めまして、櫟ちろです。こちらの作品、出来るだけ読みやすいように軽い文体で書いております。自分でも改善点が沢山あると実感しております。なので、投稿後も加筆や改稿等の修正が何度もあると思います。それでも読んで下さった皆様方には感謝を申し上げたいと思いますm(__)m また、苦じゃなければ次回も楽しみにお待ち頂ければこれ幸いです。よろしくお願い致します」
※遅筆ながら皆様にはご迷惑をお掛けまくりますが、そこんとこ何卒ご了承下されば助かります┏○))ペコリ