第4話 前任者って、あなたなの?
なんとか自分の部屋にたどり着いたわたしに与えられた部屋は、驚くような豪華なものだった。
寝室にはわたし一人には大き過ぎるキングサイズのベット、応接室には5~6名はゆったりと座れるソファと暖炉が備えられ、魔導書が並べられた自習室、高価な食器が並んだ食堂、広いクローゼットに高級なドレスや靴が用意され、見晴らしの良い広いバルコニー、どの部屋には季節の花が活けてあり、シーツも寝具もきれいに整えられ、塵一つなく掃除されどの床も鏡のように磨かれていた。
そして何よりも嬉しかったのが、いつでもかけ流しの大理石のお風呂が用意されていることだった。湯船からは広い窓があり学園の広い庭園と星々が一望できた。
「この学園は、贅沢極まりないわね」
薬草の香りが、心も体もリラックスさせるが、ここまでサービスが充実していると、突然“御背中を流しましょうか”とイケメンな執事がやって来ないでしょうね?
そして、初めてゆっくり見る自分のボディ。
人族だと思われるが、陶器のように白い肌、長い手足はモデルのようで均整なプロポーションを誇っている。髪は漆黒で瞳は碧い宝玉のようで、この美しさはさすが…バベルがわざわざ保管していたボディである。
手首にある金のブレスレットは外れなかった。美しいが外れないのは、まるで囚人のようにも思える。他には胸に小さな菱形のマークが3つ、金色で刻まれている。これも囚人の刻印じゃないでしょうね?
学生証からここがあのバベルでも有名な、貴族だけが入学できる王都にあるアカデミーであることもわかった。当時の私なら、入ることなど考えもしない王都中心にある由緒正しき学園である。
「アルルーラ・フォン・オクタージュ・ルーファ…か」これがわたしの正式な名前らしい。
(正式なコード・ネームが呼び出されました。パスワードをどうぞ)
突然、コンソールが開き古代文字が視界に広がった。
「??? なに? パスワード?」
(ボディの真の所有者が知るパスワードです)
だって、わたしは、突然、このボディを与えれただけで、何も知らないもの…
あと、知っていると言えば…転生時に言われたボディの名前が…影向のボディ、だと言うくらいだわ
(パスワード、確認できました)
それがパスワード?
(ボディの専用回路、開きます)
「はじめまして…というべきでしょうか?」
突然、声をかけられ思わず小さな叫び声をあげた。その声に、やさしい響きがなければ、わたしはお湯から飛び出してしまったかももしれない。
「驚かしてしまったかしら?」
その声の主は目の前の白い湯気の先に、音もなく一人の女性がゆっくりと現れた。周囲を見回すと彼女の姿は視界から消えない…。そうか、彼女は目の前に現れたといっても、コンソールのようにわたしの視界の中に現れたのだ。
それは先ほど鏡で見た私自身の姿であった。異なるのは…瞳の色が青ではなくルビーのように紅い…こと。そして、彼女の服装が平民の町娘が着るような質素な服装をしていた。これは正直、意外だった。この美貌ならどこかのお姫様や王女様ではないかと…期待していたのだ。
「あなたが、わたしのボディを継承した人ね」
このボディの持ち主の意識が現れたのね。そうだとすると、ここには二つのプレーヤーの意識が混在している、ということになるのかしら…。
「これは録画のようなものです。そして、わたしの意識はもう消えているから…。まず、わたしは、あなたが考えているようなプレーヤーではないわ。最初からこのボディにはプレーヤーはいなかったのよ…」
いない? ということは、あなたはNPCだというの?
「わたしはバベルが一時的に生み出した人工プレーヤーなの…。わたしはバベル創成期に登場し、理由あって停止したプロトタイプなのです」
プロトタイプ? バベル創成期にいたボディ?
「はい。このボディはバベル歴1500年前に使われました」
1500年! …そんな前からバベルはあったの?
「はい、バベルの歴史は実はとても古くいのです。わたしがいた時代は、まだプレーヤーも少なくNPCの比率も高かったのです」
そんな昔のボディが、なぜロストぜずに残っていたの?
「バベルのデータはすべて分散されるように設計されています。矛盾やロストが存在しないように…。実はバベルにはロストというものは存在しないのです」
ロストがない! だって、わたしのボディは…ロストしたと。
「あなたの前ボディは、バベルに残っています」
残っているの?
「はい。この世界のどこかにいるはずです。元々、バベルにあるすべてのボディは限界性能を設計され、最初から用意されているのです」
そうなの?
「ええ、そして、ダイブしたプレーヤーの行動によってその能力が開放されます」
数多くある種族や性別、個体による差、すべてのボディの素質は、バベルが作られた当初からできあがっているのね。
「しかし、あなたの今のボディは特別で、限界性能というものがないのです」
え? 限界がない? それなら…いくらでもパワーを上げられるの?
「はい、マニアックに使えばそうなります。ただ、それには膨大な経験値が必要ですし、いくらでもパワーアップができることが良いとは限りません。経験値をどの能力に割り振るのか、とても悩むことになりますし…。上限値があった方が良かったと思うことがあると思います」
驚いたわ…使う人によっては、かなり傾いたボディになるのね。事前に用意していたボディの中に、バベルはなぜこんな特異な性能を用意したの?
「それは…わたしのボディはプレーヤー向けではなく、バベルの最初のラスボス、そのプロトタイプとして設計されたからです。しかし、わたしはこの姿のように最初は平民の家に生まれ、人族の娘として育てられたのです。…バベルはわたしの能力を当初は隠していたのです」
バベル最初のラスボス? それって暗黒王国のダーク・クイーンになるけれど、あなたが…その人だというの? このボディがそれだと?
「はい」
本当? まさか…あのバベルで伝説の…。では、わたしが見つけたあの棺や遺跡は暗黒王国のものだったの?
「はい、最果ての砂漠の奥にあった”見捨てられた教会”とは、かつての王国の遺跡だったのです」
あなたの物語は…悲劇として思っていたわ…。知っておいてほしいの、あなたに感情移入する人も多いのよ。わたしも…あなたが殺されるより、改心するストーリーを選ばせたかったの。
「そうですか…そんなふうに思ってくれたプレーヤーもいたのですね…それを知って良かったです」
バベルはなぜこのボディの封印を解いたの?
「それは…わかりません。ただ、このボディが残っていることを知っている人たちがいます」
知っている人がいる? そうか…ギルドで“見捨てられた教会”探索を出した依頼主ね。ただの遺跡調査にしては報酬が高額だったし、誰でも応募可能だったわ。
「あなたはギルドで依頼主を探すつもりなのでしょう? 危険な捜索になりますよ。あなたの仲間も生きているか、わかりません。それでも行きますか?」
もちろん。
「そうですか…ならば、正統継承者として、わたしのボディの使い方をお教えしましょう」