第3話 アカデミーで生徒なの?
「アルル、起きなさいよ」
肩を揺すられて目をわたしは覚ました。
「はい?」
そこは冷たい遺跡の岩盤でなく、木のぬくもりのある机と広げた本の上で、わたしは眠っていた。
目を開けるとそこは広い講堂に座っていた。周りには、わたしの顔をのぞきこむように、制服を着た生徒たちの姿が並んでいた。
そこは穏やかな陽の光に溢れ、遺跡のような闇と死の冷たさはなかった。
「よかった…わたし、生きている…」
その言葉に、周りは皆、顔を見合わせた。
「アルル? 大丈夫?」
アルル? それは誰? わたし?
遺跡の記憶は夢だったのか現実だったのか、それとも、前のボディの記憶の断片だったのか…。
両手にある金のブレスレッド…皆と同じ制服…生徒として授業を受けていた…?
周りを見れば、そこは大きな教室で、周りは人族だけでない他の種族もいる。バベルにダイブしていることは、多分…間違いない。
階段状に机と椅子が並び、一番前の教壇の机には、所狭しと本が積み上り、その本の隙間から小さな…おそらく妖精族らしい先生が立っているのが見える。
「アルルさんが起きたということは、もう授業時間が終わる頃だということでしょう」
その言葉通り、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
壁一面には巨大な黒板には、複雑な文字列と数式の板書がぎっしりと書かれている。今はどうやら古代魔法の授業らしい。なぜか、文字を見つめていると内容が、そうだとわかった。
わたし…古代魔法なんて、理解できたかしら?
あの遺跡から蘇ってから後の時間だとすれば…、どれ位の時間が経ったのだろう? 身体中の怪我もなく、痛みもない。
遺跡で見たものと同じ腕に光る金のブレスレット…。バベルに密かに保管されていたボディに転生している。前のボディは粉々になっていた…。
このボディはバベルで死亡し遺跡で眠っていたものだと思っていたが、遺跡から現在までの記憶が繋がらない…。
「アルルさん、本を運ぶのを手伝ってくれるかしら」
気がつくと他の生徒はすでに席を離れ、わたしの横には…あの妖精族の教師が立っていた。
森の精霊…ドルイドかしら? ドルイドは人と接するのは珍しく、今まで出会ったことはなかった。精霊魔術にすぐれ、森林奥深くにしかいないはずなのに…。ドルイドが講師をしているなんて…、かなりレベルの高い学校なのかしら?
ドルイドの後を付いて校内を歩くと、ここが由緒正しき風格のある学校であることがわかる。扉一つ、柱一本でさえ、歴史を感じさせる威厳が感じられるからだ。すれ違う生徒や教師の種族も幅広い。それにどの生徒も戦闘レベルが高いようで、ギルドなら銀等級以上の冒険者に思えた。
それに魔導具や設備のレベルが高い。これだけ充実した器具や道具が並んでいるなんて…レアなアイテムを蒐集する遺跡ハンターなら、たまらない場所だろう。
30分ほど歩いたのだろうか…やっとに目的の部屋に着いた。まさかこんなに歩かされるとは思わなかった。それでもこの建物の十分の一も歩いていないという。どれだけ広いかと思えば、同じような校舎がまだ10はあるらしい。
転移魔法でも設置すれば楽なのに…と口にすると「校内は魔法禁止。決められた場所以外では魔術は使えないのよ」
そう指摘して小さく微笑むと、部屋の奥にあるソファに座るように勧めてくれた。
そこは本が山のように積まれた小さな迷宮であった。一歩、足を踏み入れれば、紙とインクの独特な匂いに囲まれ、本という本の壁でできたラビリンスが構成されていた。どの本にも付箋やメモ用紙が挟まれていて、この部屋の所有者は、日々、本に刻まれた知識の迷宮を解明すべく冒険に繰り返しているのだろう。
書斎の奥には大きな窓が一つと、天井にも丸い天窓が一つあり、そこからはまっすぐに陽の光がまっすぐに差し込んでいた。その光の帯を見ていると、あの遺跡の底で見た光りの柱を連想させ、思わず視線をそらした。
ふと視線の先にあるテーブルの上に、王都でよく配られている新聞があるのに気がついた。
「先生、これは今日の新聞でしょうか?」
「ええ、どうぞ」
手に取ると、王都歴335年7月4日とある。
335年7月…わたしが遺跡に挑んでから、約二か月が過ぎていた。もっと大きな時間のずれを恐れていたが、思ったよりもずれが少ない。二か月前なら、ギルドにいけば有力な情報が残っている可能性が高い。
わたしがなぜロストしたのか? 仲間たちは生きているのか? そして、あの遺跡とは一体何だったのか?
バベルでの記憶はボディに記憶されている(現実との混乱を抑えるためのバベル仕様)。前ボディを失った私は、おぼろげな記憶しか残っていはいない。急がないといけない。
「西の方での魔王軍の侵攻は本格的になっているという話は本当らしいわ。困ったわね」
食い入るように新聞を見つめているわたしを見て、新聞の記事を読んでいると思ったのだろう。先生の表情も曇っていた。
「中央はまだ安全だけど、西の地域の治安が悪くなっているわね。軍と冒険者が前線を維持しているから均衡は保たれているけど、優秀な先生が不在がちにで困っているのよ」
授業の多くを、軍部の戦士や魔導師が担当しているらしく、要請があれば前線に出てしまうらしい。
バベルは中立と平和を維持しているが、ランダムに発生するボディの中には異常に能力が高いものが非常に低い確率だが発生する。その持ち主が平和のために力を使えば指導者や預言者になるが、自らのために使えば、破壊者や悪魔にもなる。希代なボディの持ち主が魔王軍の魔王となっているのかもしれない。
バベルはあくまで中立であって破壊も創成にも手を貸さない。あくまでボディたちの自主性に委ねられている。誰かが世界を守るために戦わなければ、この世界のバランスは壊れてしまう。
過去500年(現実では約50年)、バベルを破壊するような征服者・悪魔・破壊者などが記録されているものでも三度あった。どの大戦もダイブしたプレーヤーたちの協力によってバベル崩壊の危機は避けられている。
わたしが初めてダイブしたときは三度目の大戦が終結した頃だった。