第2話 それって、ありないでしょ?
目が覚めると、そこは深い縦穴の底であった。闇の中を丸く切り取ったように青い空が遥か上に見える。穴は非常に深く、地上まで300メートル以上はありそうだった。
わたしはさらに囲まれた小さな器の中に身体を置いていた。身体中が痛い。それでも力を振り絞り、痛みに耐えながら器の外へ這い出ると、それは…なんと巨大な棺の一つであった。
縁起でもない…死んでもいないのに…と文句を言いながら、よく考えれば自分はバベルで死んでいたのだと思い出した。
静かな空間だった。頭上高く陽の光が真っ直ぐに注ぎ込み、白い帯となって深い闇を切り裂いている。素足で歩く床が冷たい。穴の底はすべて磨き上げられた黒曜石で埋め尽くされていた。それはまるで黒い鏡のようで、わたしの足元には上と下を入れ換えた世界が広がっていて、まるで宙に浮いているような錯覚に襲われた。
それにしても…、改めて自分のいた棺を観察すると不思議な棺である。金箔が棺全体を覆い、その上に幾筋もの複雑な紋様が白金と宝石で描かれていた。外形はすべて曲線で構成され、磨き上げられた黒曜石の床に埋め込まれているために、離れて見ると上下反転した二つの像がつながり、巨大な黄金の繭が宙に浮いているよう見えた。
そして、同じ様な棺が他に6つ。
わたしのいた棺が中心にして、その周りを囲むように6つの棺が配置されていた。どの棺も一つとして同じ紋様はなく、どれも古代ファラオの棺の様に壮麗で気品があった。もしもここに王都の古物商が連れてきたのなら、どれもかなりの額を見積もってくれたにちがいないだろう。
周りを慎重に調べているうちに、少しずつバベルでの記憶が少し蘇ってきた。
ここは最果ての遺跡の一つだ。そして辿り着いた遺跡の奥で、この巨大な縦穴を見つけたのだ。わたしは縦穴を降りるときに足を滑らせ、底まで一気に落下すると、硬い黒曜石の岩床に叩きつけられてしまった。
あの高さから落ちれば身体は粉々に砕けてしまったのだろう…。考えるだけでも恐ろしい…。“バベルでのボディが失わました”と言われても、仕方がなかったのかもしれない。
それにしてもバベルに、こんな不思議な遺跡があったなんて…。そして、危険を冒してまで、なぜ危険なこの縦穴を降りようとしたのだろう? この7つの棺が目的だったのか…その辺の記憶は、どうしても思い出せない。
一緒にいたパーティはどこにいったの? 彼らも降りてきたの?
浮遊魔術を習得していたわたしが落ちてしまったのなら、おそらくここでは魔法は使えないのだろう。そのために他のメンバーは、傷ついたわたしを治すことはできなかった…。見捨てられたのではなく…仕方なかったんだ。
そう思いたかった。
とにかく生き返って、ここに立っているということは、奇跡的に復活できたのだ。影向にボディではなく…前の自分に…。
なんとか、上に上がる方法を考えなければ…。そう考えながら、周辺の壁を調べようと辺りを注意深く探ると、何かが床に落ちている。
“なんだろう…あれは?”
天から降り注ぐ光の帯の奥に、酷い形で散らばっている個体に気が付いた。見覚えのある服装から一目ですぐにわかった。
あれはわたしのボディだ…と。
あそこまで破壊されて再生できたなんて…、そう冷静に分析している己の異常さに気づいた。
ナゼ ワタシ ノ ボディ ガ 目ノ前ニ?
思わず自分の手を見る。
白い両手がそこにあり、見たこともない金色のブレスレットが左右の手首にはめれていた。これは…わたしのボディではない!
これが…これが“影向のボディ”だと言うの
そして、あれがわたしの最期だったと…。
無残に目の前に広がっている惨状に、声なき声をあげる…
目の前の惨状と異常さに、身体中の血が引いていく…
混乱と動転のあまり…わたしはその場で崩れ落ちるように気を失った。