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目覚め

なんでもない住宅地にあるアパートの一室。陰鬱とした部屋の中私は気だるさに身を任せて、敷布団に横になっていた。

 自然と目が覚めたのは午前4時。日が上り始めたはいいが、まだ薄暗さが残る時間。

 気がついたら目が覚めていた。どこからかカラスの鳴く声が聞こえてくる。小鳥でさえさえずらない時間。カラスが朝のゴミ出しのゴミを、意地汚く狙っている。意地汚いところは私はカラスとそっくりだ。

 目覚めて意識が朦朧としていても、スマホを取り出すことは容易であり、起動して襲いかかってくる光源をコントロールセンターから弱めて、時間を確認する。そして私はそのままSNSを起動して、時間を浪費。

 疲れたころには天井をぼんやりと眺めてごちる。

「今日も目が覚めた。寝てるうちに死んでたらよかったのに」


 私はそうして再び眠りにつくのだった。

 耳元で聞こえてくる、ホワイトノイズ。

 空気の音、締め切ったカーテンの隙間から漏れてくる朧げな光。

 カラスの鳴き声。

 感じる空気の匂い。

 静けさ。

 気温。

 空気。

 孤独。


 私は昔のことを思い出して布団を蹴った。

 うめき声をあげて蹴って、寝た。

 寝心地は最悪である。

 

 

「アパート」

 

 あの人がいなくなった部屋は酷く何かが欠けていて、何もかもが虚構のように思えた。

 締め切られたカーテン、その隙間から太陽の光が差し込んで、カーペットを照らすが、明暗の差が激しくなって、余計に辺りが見えづらい。

 掃き出し窓の向こうから、車走る音が聞こえる。近所の人たちがなんでもない世間話をしているのが微かに聞こえる。

 そして近づいてきて、遠ざかる子供の声。

 そうか、今日は土曜日か日曜日のどっちかだ。

 扉の向こう側にあるキッチンから換気扇の作動音が耳に入る。酷くうるさくて不愉快だ。

 私はただ、空っぽになったアパートの一室の中で目覚めたのだった。

 何も考えずに、勝手に手はスマホを取り出していて、起動させた。

 ホーム画面には私とあの人と一緒に行った公園の写真が壁紙になっていて、その中に映し出される時刻表には10時21分と刻まれてある。

 時刻はもう10時を回っているというのに、春の陽気の暖かさと、鳥の囀りによって私は再び敷布団に引きづり込まれるのだった。

 わかっている。目覚めなければならないことを。しかしどうしても目覚めたくなかった。布団の外から出たくはなかった。

 出て、活動してしまったならば、再びあの人のいない日常が始まってしまう。

 私はそれが酷く苦痛でたまらなかった。掴みどころのない切なさが込み上げては、深い海に沈み込み、息を求めて暴れ出しそうになる。

 

 

 

 確かなのは、身体中が重たいということ。そして何もかもが無気力だ。ただ息を吸って、時間を浪費するだけ。時間が過ぎ去るのを待ち望んで、去っていく。

 私は怖かった。何かをするのが怖くて、全てのものが触れたら壊れてしまいそうな飴細工のように思えた。この床も、壁も、椅子もテーブルも、彼の所持品も、腫れ物を扱うような繊細さを保たざるえない。

 しかしだ。生きていくのには行動をしなければならなかった。人間に課せられた義務。動物に課せられた定め。虫けらでさえも行動を余儀なくされる。

 

 ただ動きたくない。時間を動かしたくない。

 

 あの人のいない時間を始めたくない。

 

 

 

 

 私は過呼吸になりそうなのをぐっと抑えて、啜り泣きそうな声を漏らしながら私はイヤイヤながら布団からゆっくりと出ることにした。

 もぐらが地中から地上へと顔を出すように、もぞもぞと私は布団の外にでる。

 そしてうつらうつらとしながら私は適当に布団を丸めて、部屋の隅に追い出した。

 部屋の掃き出し窓のカーテンを開ける。強い光に私は思わず目を瞑って顰めた。今の私には太陽の光が酷く痛々しく突き刺さる。

 辛い時は暗く沈み込んで感傷に浸りたいのだ。

 私はカーテンを閉め直した。自分の醜態を隠しように、思いっきり。

 現状の苦しみを打開する方法はさらなる苦しみを味わうことなのだ。 それからして、一縷の光の筋がハンガーラックに注がれているのに気がつく。

 光の中に空気中を漂う埃が見える。そして先に見えたのは彼のいつも着ていた真っ黒なブルゾンだった。

 私と出かける時は彼はいつもこれを着ていて、目に馴染むくらいだ。

 私はハンガーラックまで歩み寄ると、そっとブルゾンを抱き抱えて顔を埋める。

 ブルゾンからはタバコの匂いがした。

 彼の匂いがした。

 

 大学生になってから、もう今年で3年目。しかしこの3年目のほとんどを休学によって潰してしまっていた。

 閉ざされたカーテンによって、やや手狭なリビングは薄暗闇に包まれている。広めのキッチン、その背後には真四角のテーブルと、二つの椅子があって、テーブルの上には、いくつかの吸い殻が残っている。彼がいなくなってからこの灰皿に手をつけられていない。

 私は狭いリビングを歩いて、冷蔵庫の中から牛乳のパックを取り出して、キッチンへと戻っていく。

 下にある収納からオートミールを取り出して、そこの深いさらに適当に注いで、そして牛乳で浸す。

 そのあとはスプーンを持って、席に着くのだ。

 彼がいた頃ならば、彼よりも朝早く起きて、彼が好きだった、あまい卵焼きを作って、そして彼の寝ている頬を突いていただろう。けれど今では肝心の彼は居なくなってしまった。

 一緒にご飯を食べて、大学に行っていた。

 でも一緒に行く彼はもういない。

 いないんだ。

 

 

 いつまでこのアパートの一室にいられるかはわからない。そもそもな話が、この部屋を借りているのは居なくなってしまった彼だから、私がい続けられるのは無理な話なのだ。

 私はなんとか無理を言って、あと三ヶ月だけはいてもいいと言ってもらえている。特別にだ。特別に。

 だからこの療養生活がいつまで続くかわからない。一週間後、追い出されるかもしれないし、明日かもしれない。この後数時間後に私はここにいられなくなるかもしれない。

 あの人が帰ってくるのを待つことができなくなるのが怖くて怖くて仕方がないのだ。

 私はしばらくの間、牛乳に漬かっていたオートミールを眺めた。意識が元に戻る頃には、オートミールミールはふやけていて、まずかった。



 ある日、私は部屋の掃除をしている時、上着かけにかけてあった彼のブルゾンが目に止まった。彼がいなくなってから一切手をつけていない。それはこれに限ったことじゃなくて、彼の縁のあるものは全て手をつけていない。例えばベランダにある灰皿とか。

 私は彼の上着に近寄ると、そっと抱きついて匂いを嗅いだ。彼のタバコの匂いがする。甘いバニラの匂いと、焦げ付いた、煙の匂い。


 私ははっきりいって、タバコが嫌いだ。彼の全てが好きであろうとしようとしたが、唯一彼を好きになれなかったことが、彼が喫煙者であるということ。

 私の父親は喫煙者だった。そして酒浸りで、働きもせず.....。

 思い出すだけで嫌な気持ちになってくる。確かなのはタバコや酒、それらが人間性の欠落した悍ましいものだと私の中で関連づけられているのだ。

 

 

  



 ある日、ふと、彼の上着を漁っていた時に、内ポケットに何かが入っているのに気がついた。私はそれを取り出してみると「たばこ」私は口元を緩く開けっぱなしにしてつぶやいた。

 


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