王妃さまは国王さまの覚悟を問います。
東国の百合の花をモチーフにしたという斬新なデザインのドレスがシャルドン商会から届けられたのは、カルパート山脈派遣団の本隊が出立する3日前のことだった。ドレスに合わせる宝飾品や髪型を選ぶにはギリギリだが、代参が決定してからの期間を考えれば驚異的な早さである。
「さぁて、ここからがわたくしの一世一代の大舞台ね」
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夫婦の寝室では先だってよりアップル・ブランデーの湯割りがすっかり定番となっていた。いつもより多めの蜂蜜を入れた湯割りとキャラメルクリームを挟んだメレンゲが並んでいるのを見て、国王ヒュペリは居住まいを正した。
「此度の件、何ぞある」
「カルパート山脈に噴火の兆しあり、と報告がありましたの」
現地に到着した学者から鳥を使って届けられた短い文の内容を告げるが、ヒュペリはそうか、とだけ答えてメレンゲをサクサクと咀嚼する。心地よい食感で口に含めばふんわり溶ける甘やかなメレンゲ菓子はヒュペリの密かな好物の一つだ。
「ビアーノ国にも、カルパーティ家が抑えていた古の怪物にも、動きがあったらしいわ」
王妃メティスの言葉に、ヒュペリは2つ目のメレンゲに伸ばした手をぴたりと止めた。
ビアーノはカルパート山脈を挟んだ隣国で、恵み多き山脈の全所有権を狙って王国へ攻め入る隙を虎視眈々と狙っている。彼らが山中に小砦を築いて兵を置き、王国側の様子を伺っているという情報は確かにカルパーティ公爵家から上がっているが、これまでは公爵家の私兵が対処してきた。動きとは噴火の予兆を隣国でも感じ取り、撤退か混乱に乗じての侵略か、恐らくは後者だろう。いずれにしてもこちらは小物だ。
「いま、古の怪物が動いた、と言ったな?」
カルパーティ公爵家が建国以来代々負わされてきたそれは、王家の、王とその継嗣にのみ伝えられている。決して口外することなかれ、の教え通り、知るのは公爵家を除いてはヒュペリとヘリオスだけのはずだ。
「あら、呼び名が違ったかしら?建国記から歴代王家やら宮廷文官やらの日記を隈なくひっくり返して見つけたらしいわよ」
事もなげに言うが、建国300年、その間の公式・非公式な記録は書庫の奥、ずらりと並ぶ書棚を占拠する膨大な量だ。人を使ったとしても、とても短期間で調べ切れるものではない。しかもその書庫は機密保持のため、王家以外の者がおいそれと入庫できるものでもない。その場合は発行者名入りの入庫許可証が必要となるが、それが発行・利用された報告はなかった。
「なにそれこわい」
「とにかく、それが王都にも向かっているのなら対処が必要でしょう?」
戦慄する夫を捨て置き、メティスは話を先に進める。今の話如きで怯まれては困るのだ。
「王国の闇が明るみに出る前に、知る者ごと滅殺なさいませ、だんなさま」