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父と息子は密談に臨みます。

 アイボリーに金のモールディングを巡らせた壁と透明度の高いクリスタルのシャンデリア。それに対してテーブルや椅子は漆黒に金で強い存在感を放つ。

 王都にある会員制リストランテの中でも最高級と謳われる店の特別室で、カルパーティ公爵とその長男は臣下の礼ではなく、胸に手を当てるだけの略式の礼を執った。黒髪に深い青紫色の瞳。正装の上から見ても明らかに筋肉隆々だと分かる肉体と眉間に深い皺が刻まれた雄々しい顔。よく似た2人は少しの緊張と警戒を持って、招待主を見遣った。


「急なお招きに応じてくだすって嬉しいわ。お二人とも、楽になさって?」


 しなやかな体のラインを露わにしつつ膝下から裾にかけて緩やかに大きく広げる、画期的なスタイルのドレスが与える印象は実に優美。大きく開いた胸元や背中はドレスと同じ明るい水色の薄いレースがケープのように包み込むことで露出を抑えており、禁欲的でありながら扇情的だ。

 王国では近年、強調した胸元に大きく膨らみを持たせたスカート、その間のウエスト部分をぎゅっと絞ることで女性のボディラインを誇張する従来のスタイルから変わりつつある。その嚆矢(こうし)である王妃メティスは今日も優しげに微笑する。


「“正しき民の国”ネミの御方様からのお招きなれば」


 カルパート山脈地方の伝では、始まりの女神が眠りについた間も信仰心を忘れずに土地を追われた者たちが創った国がネミとされている。故にネミの王家には豊穣神の加護が宿るのだと。


 領地に残した妻からカルパート山脈に噴火の兆候があると知らされた公爵は、自身の死が間近に迫っていることを理解した。お忍びの面会に応じたのも、ネミ出身の王妃の神話の女神の如き姿を、最期に焼き付けたいという願望に抗いきれなかったからだ。


「あら。貴方は“ネミを追われた者”とは仰いませんのね」


 感情なく告げられた()()()()()()()()()()()()言葉に公爵はなんとか悲鳴を飲み込んだが、その息子はヒュッと喉を鳴らした。


「ふふ、冗談よ。座ってちょうだい?」


 6人掛けの円形テーブル。王妃は上座、つまり扉を正面にした位置に座し、隣には誰もいない。王妃と距離を取り、最も扉に近い2席に座るやいなや、女給がドライフルーツやショコラテリーヌ、一口サイズのタルトなどが美しく盛り付けられたケーキスタンドを各人に置き、白いものが混じった褐色髪の男が毒味をした後、赤ワインを注いでいく。50代とみえる痩せぎすの男に既視感を覚えた公爵は顔を改めようと視線を向け――


「ニュイ地方のワインよ。公爵がお好きと聞いて用意させましたの」


 優しげにみえる笑み。しかし、深い森のような緑の瞳のその奥は決して覗かせない。相手を探ることも(おもね)ることもなければ、喜怒哀楽すべての感情も宿らない。


「わたくしね、ずっと以前からお礼を伝えたかったの。継息子(むすこ)のことでは公爵とご子息たちにとても世話になったわね」


 国王と国内最大派閥の公爵家の令嬢との間に生まれた男児、王国唯一の王子として生まれたヘリオスの幼少期の環境はとても(いびつ)だった。

 病身の母や10歳と8歳年上の2人の姉とは隔離され、母とその父である公爵が派遣した教師らからは完璧な王子となるよう厳しい教育を受ける日々。国王を除く全ての人々に(かしず)かれる存在である、模範となる人間となれ、周囲に少しの隙も見せてはならないのだ、と多大な重責(プレッシャー)を与えられ続けたヘリオスは、大人の期待にしっかりと応えた。つまり、誇り高く尊大で、そのくせ傷つきやすいのを表情(かお)に出さないことで隠す子供に育った。

 皮肉にも王妃の死でそれに気づいた国王が頼ったのが、王家と対等である、と放言するカルパーティ公爵家だった。王命でなく父として請われたことと、当時のヘリオスの心を案じた公爵は社交シーズンになると息子のサムエルとヨアヒムを伴って登城し、ヘリオスと面会させた。ヘリオスとサムエルが8歳になった年から12歳になるまで毎年欠かさず行われた彼らとの交流は現在もヘリオスの精神(こころ)を支える柱となっている。


「私や愚息らは常あるように振る舞ったまでのこと」


「それに()()()()()()()にもね、深く感謝しているわ」


 笑みを崩さず発せられた王妃の言葉に、ワイングラスを傾ける公爵の手がぴたりと止まる。干し無花果(いちじく)をつまんで口に入れる王妃の仕草はあどけなくもどこか妖艶で、獲物を狙い定めた猛禽類の如き慈悲なき瞳に射抜かれた公爵は総毛立つ。

 王妃は公爵をじっと見定めるとその細い指をワイングラスの底部(プレート)に揃え、促すようにそっと押し出した。


「カルパーティ公爵家のお二人には死んでいただきたいのだけれど、いかがかしら?」


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