ひとはそれを器用貧乏といいます。
青天の霹靂とは、まさにこのことであろう。
社交シーズン終盤、慌ただしい日々の終わりが漸く見え始めた、よく晴れた晩秋の朝。
宰相の補佐といえば聞こえは良いが、その実、雑務全般を押し付けられる小間使い。それでも王都の、それも城近くの一等地に1人部屋の宿舎が与えられているし、城内の食堂で朝昼晩の3食に加えて10時と15時にお茶とお菓子の休憩付き。給金も高いし、雇用主が国だから取りっぱぐれることもない。多忙を極める以外は恵まれた職場である。そう、多忙以外は。
「先発隊を組織して王妃陛下の名代と司祭殿の到着前に御祠の周囲の安全を確認させよう。学者殿には無理をさせるが致し方ない。先触れでもある、馬車は形の良いものを」
「通過する領地にはこの度の巡行の意義を善く善く説き、女神の尊きを知る者には証文を与えるとせよ。分隊して増える費用分は充分に賄えるはずだ」
「一昨年は豊作だったから古い麦が相当余っている。それからまず放出し、チーズや干し肉、ナッツ等も同様に古いものから。水、脂、塩も多めに持たせろ。これらは分隊に多く配分する。本隊にはなるたけ多くの領地に滞在していただく。必要量はこれに。不足があれば報告を」
「3年前に水害のあった地域には『此度の巡行の目的は古の女神への参拝なれば清貧を全うすべく気遣い不要』と文を出せ。この地では分隊は野営となることも報告しておけ」
「今日の宰相殿のご機嫌?すこぶる悪いに決まってる。面倒事なら午後の茶休憩後か、急ぎでなけりゃこの問題が終わるまで待て」
「妻君が実家に戻った?知るかそんなもん。あー…、近頃はシャルドン商会の品がご婦人に人気と聞くから小物か何かを詫び状と一緒に贈っておけよ」
毎日毎日、次から次に持ち込まれる書類や相談は捌いても捌いても一向に減る気配が見えない。通常ならば事前調整にひと月、それから半月間の決議を経て、さらに準備期間を入れると計3ヶ月はかかる遠地への集団派遣を、すぐに出発できるよう取り計らえとの命が下されてから、もう何日になるだろう。こうまで泊まり込みが続くと寂しい独り寝の身でも自室のベッドが恋しくなってくる。
―古の女神への参拝と王妃の個人名義での寄進を出されては断る術もない―
カルパーティ公爵から久しぶりに文が届いたのは宮廷内が大騒動になった翌日で、彼―ヨアヒム・カルパーティ、カルパーティ公爵家の次男は父を恨んだ。国王は雇い主で王妃はその妻となれば、恨む先は身内より他になかった。




