国王さまはチョロいのでした。
それからの国王の動きは早かった。
翌日には王都にある中央教会でカルパート山脈内への代参の許可を得ると、その足でカルパーティ公爵の王都邸へ向かう。社交シーズンであったことが幸いして公爵本人が邸に居たので、やや強引に登城の約束を取り付けた。
旅程の検討から道中にあたる各地の領主へ王妃の派遣団が往来する旨を記した書状を送付して安全な経路を確保するまで、3日で終わらせた。
馬具・馬蹄、人馬の食糧や飲み水、生活必需品など必要な物資の手配も急務で、備蓄にないものは御用商人から取り寄せるなどして1週間ほどで調った。
もちろん全て担当部署の長とその部下たちのお手柄ではあるが。
カルパート山脈へ向かわせる者たちの選抜も重要だ。
「御祠は山中深くにあると聞きます。わたくしの我儘で司祭さま方の御身になにかありましたら、わたくし、あぁ…」
中央教会の応接室で、メティスが座ったまま大げさによろけてみせたら同道の司祭は田舎の教会から来たばかりの若者に決まった。好んで下働きのようなことをしているらしい彼は野営も苦にならないと言い切る体力自慢だ。
「女神レテュイアはすべての女性の希望ですわ。叶うのならば、王家からではなく、娘をもつ母であるわたくしの私財からご寄進をさせてくださいませ」
王城内で最も格の高い応接の間で、胸の前で手を組みながら国王と公爵に伝えれば、その場で地学や土木の専門学者も派遣団に加わえられた。カルパーティ公爵やその領民の厚い信仰心は、王国に併合される以前からというのは本当のようだ。
最も大変だったのが派遣団の人員をいかに減らすかの交渉だった。
国王は実の娘たちよりも年下の妻の、義娘を案じる心優しき願いを万難を排して叶えるべく、王都軍の半分を投じようとした。
それが王太子や王太子妃の実家に伝わると自身の裁量で動かせる全人員を派遣しようとし、最終的には一個師団までに膨れ上がった。そのまま公爵家か隣国にでも侵略戦争を仕掛けんばかりの戦力であるし、きっと相手方もそうと捉えるに違いない。
「それほどの大人数で押しかけては女神レテュイアも驚かれましょう。皆さまの尊きお心、わたくしが最も信頼する者がお預かりし、女神さまの御許へお届けいたしますわ」
なんとか騎士団の半分と、王太子妃の実家の隊からそれと同数の騎士と馬を遣わすことで折り合いがついた。危ういところだったが戦争も内乱も回避した。
「遠地への代参がこのように早く叶うなど、わたくし、嬉しさに胸が苦しいほどよ。これもすべて、だんなさまのお力があってこそですわ」
ひと月足らずですべての段取りを終えた夫婦の寝室では、今夜もアップル・ブランデーの湯割りをお供に時間が過ぎる。
「メティス、賢く美しき我が女神、世界へ遍く注ぐ慈愛がなんと深いことか。どうかこの先も、哀れな僕にお導きを」
この短い期間で国王から王妃への感情が親愛から崇敬、崇拝へと移行していくのが感じられたが、メティスは笑顔で黙殺することに決めた。




