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怒っていないように見える人が一番恐ろしかったりします。

「まぁまぁ、お母さま。お茶が冷めてしまいますわ」


 土下座する男達に対する王妃の容赦ない精神蹂躙を止めたのは、王妃によく似た、それでいて瞳の色だけはまるで異なる少女だった。虹色の瞳をきらきら輝かせ、ボリュームのある袖を手首できゅっと留めたブラウスが可憐さを引き立てている。


「そうね、お茶の続きをいたしましょう。ディアのおすすめはどれかしら?」


「赤いベリージャムには粗挽きのピンクペッパーとコリアンダーを、レモンジャムとサーモンにはディルを刻んで、加えてみましたの。そうしましたら風味がとってもよくって。お母さまもきっとお好みになられるわ」


「海向こうの国からの輸入品と、王国の北部地域で採れるハーブね。王都ではあまり馴染みがないけれど」


 細く白い指で小さなタルトを摘み、口に放り込む。タルトはバターを少なくしたのかホロホロと軽い食感で、ジャムの甘さやサーモンの臭みがスパイスやハーブの香りで抑えられて後味も快い。ひょい、ひょいと立て続けに2つ3つ食べるさまも、一般にはしたないとされる仕草も、王妃にかかると優美で艶かしくさえある。


「おいしいわ。これなら王都でもきっと流行してよ?」


「お母さまにそう仰っていただいて、わたくし安心いたしました。北部の大部分を占める公爵領や海外との貿易を行う()の家で、わたくしがどのようなお役に立てるのか不安でしたもの」


「まぁディア、愛しいわたくしの娘。あなたは夫となる方を支え、時には隣に立って歩むことのできる素晴らしい淑女(レディ)よ。でも、そうね。これから何か困ったことや悩み事があれば、けっして1人で抱え込んではダメよ。夫や、それが頼りないのなら、お母さまでもお姉さまでも、ネミのおばあさまにだって良いのよ?あなたを心配している皆の、誰にだって構いませんから頼りなさい」


「豊穣神の巫女であらせられるおばあさまも、今や他国で王妃陛下や王太子妃殿下と呼ばれるお立場のお姉さま達も、もちろんお母さまも、皆さまお忙しい御身ですもの。そうそうご相談申し上げる訳にはまいりませんけれども、そうね、皆さまにご安心いただけるよう、たくさんお手紙をお出しいたしますわ」


 嫁ぐ娘に母が妻としての心得を説き家族の絆を確かめる、感動的な、それでいてどこか茶番じみた会話は脅迫を添えて滑らかに進行する。顔を上げることを許されていない父と息子は、息と気配を殺しながら、ヒクヒクと顔を引き攣るのを止められなかった。そして、最も怒りの感情を抱いている人物と、この茶会の()()()()()を知った。


 *****


 国王がカルパーティ公爵領から王都に戻った頃には、突然の悲劇に見舞われた公爵家と王家の縁組が事実として王国全土に広がっていた。なにしろ情報源は国王と王太子だ、これ以上確実なものはない。


 王妃は公爵夫人からの手紙と城内の噂話で男どもの()()()()を知り、王国南部の港町に居る公爵父子からの真偽を問う手紙で話が如何に広範囲まで伝わっているかを知った。

 思わず鉄扇を折りかけ、怒りに任せて王太子の執務室に乗り込みかけたが、王女に事の次第を説明するのが先だと思い直して茶会の約束を取り付けた。


「4ヶ月後の花の月に誕生日を迎えると27歳ですから歳の差は15歳、政略婚ならあり得ないほどでもないでしょう?王立学院を優秀な成績で卒業した“紳士倶楽部“のメンバーで現在は宰相補佐。勤務態度は極めて真面目で有能、お付き合いする女性はいらっしゃらないようですよ」


 驚くことに王女は既に事態を把握しており、ヨアヒムのことも調べ尽くしていた。王都で捕まった元・古の怪物が宗旨替えして王女の手駒になったらしい。


「たしかに家柄も人柄も申し分ないけれど…ディアはいいの?」


「お父さまはお母さまよりも20歳以上も年上ですわ。けれども仲睦まじいことは国民皆が知っております」


 *****


 鼻先が床につくほどに低く下げた頭の先で、ふわりと風が舞い、誰かがしゃがみ込んだ気配がする。そうして、透き通った声が天啓のように降り注ぐ。


「お父さま、お兄さま。わたくし、この婚姻お受けいたします」

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