公爵家が全員集合しました。
王国史に新たな1ページを刻んだ国王のカルパーティ公爵領訪問から遡ることおよそ1月前。出立式を恙なく終えて待望の休暇に入ったヨアヒム・カルパーティは恋しい自室ではなく、王都一の呼び声も高い最高級リストランテに馬車を走らせた。
呼び出しの文は確かにカルパーティ公爵の手だったが、父が無用な贅沢をしない質であり、王都での派手な振る舞いを極力避けていることは知っている。
そんな父が、貴族でも予約が取れないと評判の店に、いきなり自分を呼ぶとはただ事ではない。店員の案内ももどかしく豪奢な室内に入ったヨアヒムは、父と兄、そして母までもが揃っていることに、しばし言葉を失った。公爵家が全員領地を離れる恐ろしさは子供の頃からよく聞かされているのだ。にも関わらず、このタイミングで、この場所に勢揃いした意味とは。
「来たか、ヨアヒム。よく聞くのだぞ…」
「公爵!サミュー!覚えておいでですかヘイリーです!あぁ!そちらが夫人ですかお目にかかるのは初めてですね私のことはどうぞヘイリーと」
公爵の言葉を遮った、次男の背後から響く底抜けに明るい早口に今度は公爵家の全員が絶句した。親愛の礼を執る男は間違いなくこの国の王太子その人だが、常日頃の無愛想無感情無表情はどこへやら、満面の笑顔を振りまいているではないか。だいたいにして、公爵とその嗣子は今朝方行われた国王の出立式に出席している。王太子ももちろんその場におり、儀礼的な挨拶を受けているはずだ。
硬直する家族を前に、ヨアヒムは己の事情を先に説明することにした。
「えっと、父さんからの文を受け取ったとき、ちょうどヘイリーと飲んでてさ」
式典からの帰り際、あの夜の約束を果たす時が来た、とのお言葉を賜ったヨアヒムは王太子の私室でアップル・ブランデーを原酒で飲み交わしていた。そこへ使者が来て父からの書き付け文を渡され、急いで向かおうとするヨアヒムに王太子が自身の所有する馬車を貸してやったという訳だ。
「ヨーキーの、公爵家の助けになればと私も馳せ参じた次第です!」
王太子はキリッとした表情で拳をぐいっと振り上げる。
「お心遣いに感謝をいたします…?」
「なにこれほんとに本人?別人と入れ替わってない?」
「職務でお疲れなのではないの?殿下、こちらにお掛けになって?」
父、兄、母の困惑はさもありなん。ヨアヒムも王太子のこの姿を見るのは、互いの部屋を気軽に訪問できた学院時代以来だ。
どうやら完璧な王子様は酔っ払うと感情豊かになる性質らしく、日頃の鬱憤を晴らすかの如く一頻りしゃべり倒した後、昏倒するように熟睡する。
「ヘイリーは単に酔ってるだけだから大丈夫。ちょっと経てば寝るから、父さん兄さん、あとで馬車まで運ぶの手伝ってよ」
ヨアヒムは自身を案内した店員に冷たい水と柔らかなクッションを持ってくるように言いつけると、やや強引に王太子を椅子に座らせた。
「それで、急にどうしたのさ?母さんも王都に来るなんて領地でなにかあったの?」
「そのことだが」
公爵は王都と公爵領で現在進行している古の怪物の掃討作戦と王妃からの提案、カルパーティ公爵家の今後について包み隠さず伝えた。もちろん自分たちが納得し、感謝した上で既に了承したことも。
話が進むにつれてヨアヒムの顔色が青から白に変わり、目には涙が浮かぶ。
「王妃さまはお前の身も案じていらっしゃった。“せっかく王都に逃がした次男には重荷を背負わせてしまうけれど”と仰っておられたよ」
「兄さん、ぼくは昔っから気楽な立場で過ごさせて貰った。だから父さんや母さん、兄さんも、皆がこれから過去の因襲に縛られずにいられると思うと嬉しいよ」
兄の言葉にヨアヒムは頭を振って答えた。そして、心の奥底からじわりと湧き出す感情に気づかないふりをした。




