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国王さまはやらかしました。

 それからの動きは早かった。


 国王の突然の行幸に各地は沸き立ち、義娘のために自ら参拝を志願したことが広まると妊婦や産婦を労わることが貴族平民を問わずトレンドになった。


 建国以来初となる国王のカルパーティ公爵領訪問に難色を示す者もいないではなかったが、単にカルパーティ家を嫌ってか古の怪物を警戒してか、各家の情報収集能力を判別する試金石となった。


 懸念されたカルパート山脈入りも、古の怪物が豊穣神の巫女のお言葉を持ったテミス率いる騎士らによって既に征圧されており、地下牢にまとめて放り込まれていたために女神の祠まですんなり行くことができた。


 公爵領の出迎えには事情をすべて知らされた次男のヨアヒムが現れ、父と兄の非業の死が領民に知らされた。

 国王は二人の献身に涙し、王家がヨアヒムの後ろ盾となることを約束した。


 そこまでは順調だった。


「土地が豊かで領民も善良なるは公爵の善政の(たまもの)であろう」


「陛下のお言葉、亡き父も喜びましょう」


 ヨアヒムは公爵代理として国王を歓待する宴を催していた。国王は終始ご機嫌で、しきりにカルパート山脈や公爵領の素晴らしさを語る。それがカルパーティ公爵家に対する贖罪(しょくざい)と突然公爵家を継ぐことになったヨアヒムへの心遣いであることは間違いない。


「カルパーティ公爵領のアップル・ブランデーは実に()いものであるな。余はいつも湯割りで服するが、皆はどのようにして服するか?」


「カルパーティ公爵領は北国(ほっこく)で冬が長く、体を温めるために原酒(ストレート)で飲むのが一般的です」


「そうであるか。では余も原酒で服そう」


 レースのような細工が施されたグラスで運ばれてくるアップル・ブランデーを毒味しながら、ヨアヒムは親友(ヘリオス)が滅法酒に弱いのを思い出した。


「ふむ、実に美味なり」


 気に入ったとみえ、国王は香りと味わいをじっくり堪能するように飲んでいく。


「当地は気候が寒冷のために葡萄の生産に向かず、代わりにりんごを栽培しているのです。秋の収穫祭では公爵家(われわれ)も領民に混じってりんごを搾って醸し、その酒からブランデーを造って山中に納めます。アップル・ブランデーはカルパートの民の魂ともいえましょう」


「公爵家も領民と共にか。余もそうありたいものだ」


「陛下が常より国を思い民を思っておられること、陛下の御世の栄えあることは王国に生きる皆の知るところです。それ即ち陛下の御徳と積年の労苦によるものと考えまする」


「カルパーティ公爵家は長年、国に()く仕えてくれた。余も汝らと秋にブランデーを造り、カルパートの魂に触れたいものだ」


「ん”っ!…失礼致しました陛下。秋の、収穫祭は、ご公務も多く陛下もご多忙でしょう。田舎の村祭りですから、ご満足いただけるようなものではございません」


 国王の言葉に宴席がシン、と静まり返った。それはカルパーティ公爵夫人や重臣らがぴたりと動きを止めたからで、ヨアヒムの喉からも聞いたことのない音が発せられた。

 国王はそれに気づかずヨアヒムを見遣る。


「王家と公爵家は、元を正さば兄と弟。これからは互いを家族と思い交流をしたいものだ」


 国王の発言に今度は居合わせた皆が息を呑み、一瞬の後にざわついた。


 カルパート山脈では、秋の収穫祭で行われるアップル・ブランデー造りは特別だ。神龍への捧げ物である神聖なアップル・ブランデーを共に造ることは家族になることと同義で、つまりは求婚を意味する。

 また、互いを家族と思い、はそのものずばり婚姻により縁を結ぶことに他ならない。


「陛下、そう、そのお言葉、お気持ちを賜りましただけで公爵家の誉れでございます。それ以上は過分にして」


「いいや、ヨアヒム、ヨアヒム・カルパーティ。汝らは王家の恩人であるに、言葉のみでは報い難し。余は汝らの父を盟友(とも)と思い、その子である汝らを息子のように愛そう」


「ちょ、ちょちょちょ!陛下ッ⁈」


 酔っても顔が赤くならない性質(タチ)らしく気づくのが遅れたが、よく見れば鋭い目つきも今はとろりと柔らかく下がり、口元には薄らだが笑みも湛えている。グラスには半量になったアップル・ブランデー。不敬と知りつつもヨアヒムは国王の言葉を大声で遮るより手段はなかった。


 ――国王は完全に酔っている――


「ヨアヒム、これからは余を父と思い、心安くするが良いぞ」

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