配点:大人
カウンターに座るフロスは酒を嗜んでいた。
「マスター、強い酒たのむよ」
初老のマスターは静かに頷き、カクテルを作り始める。
ここのバーはとにかく雰囲気がいいとフロスは思う。クラシック調なインテリアに、演奏されているジャズ、THE・大人の社交場という感じだ。
最近は超常現象、自分たちは怪異と呼んでいるが、それが原因とみられる傷害事件や神隠しが増えてきている。にも拘わらず、フロスたち警察の手柄はまったく上がらず、現場には証拠も基本的には残らない。彼にとってはまったく笑えない話だった。
それもこれもグリモアの連中が全部持って行ってしまうためである。おそらく警察が事件と捉えているものより多くの事件が起こっているとフロスは推測する。被害者らしき人達の不可思議な記憶の食い違いもあるようだ。
彼は隣に座る友人に話しかける。
「学園は最近どうなのよ」
「いやぁ、ぼちぼちさ」
そう答える彼女は甲京魔導学園の教師をやっているトマサ・アクィナス、27歳。生徒のあこがれのバリバリ現役女教師である。トマサとフロスは学園の同期だ。彼女は首席、フロスはほぼ末席だったが。
「そっちこそどうなのようフロス」
「ほんとまいったね。手柄が増えていってもおかしくないはずなのに、増えるのは被害者と事後処理だけだ。俺も頭がよかったら先生になって楽してたはずなんだけどなぁ」
「あら、そう」
彼女の額に青筋が浮かぶのをフロスは察知する。
……地雷踏んだか。俺はできる男だからな。すぐにカバーだ。
「いや、先生が簡単な仕事って言ってるわけじゃなくてだな?俺たちは本来の仕事ができずに足元がおぼつかない状態だから困ってるって話よ」
「ふーん。まぁそういうことにしておいてあげるさ」
何とか彼女の堪忍袋の緒が切れてヒステリーを起こす事態は回避したようだ。
「生徒たちがどんだけ好き勝手やってるか、アンタにはわからないでしょうけどアンタたちも大変ってことね」
前言撤回、いや前想撤回、まだ緊張状態は続いているようだ。
「犯罪者やシンジケートどもも、異常が増えてるのを察してるのか神隠しに便乗した誘拐も増えてきてる。ID照合してすぐ犯行がわかるような素人ならまだいいが、人口調整時代の現代で人身売買目的なのか知らんが組織だった犯行になることもある。手柄はないのに油断はできないとかいう最悪な状況だよ、仕事のモチベーションに関わるね。あ、怪異が増えてるのは割と機密情報だから内緒ね」
フロスはマスターにも目配せをする。ここのマスターはこういったことに慣れているようで信頼できると思う。街一番の情報通といっても過言ではないだろう。ただ絶対中立の立場を貫いているからか、警察の調査協力となるとあまり多くを話してはくれない。
「毎度毎度そんな情報をそもそも一般人に流さないでくれる。いつものことだから別に誰にも言わないけれど」
トマサとフロスはお互いに遠慮なく秘密を共有できるいわゆる愚痴仲間である。罵りあったり気兼ねなく対等に話が出来る数少ない友人同士でもある。
「そういえば」
「ん、なんだ?」
「神隠しで思い出したんだけど、最近、ウチの2年生の男子生徒に帰ってきた男の子なんて言われてる子がいるわね」
「何から帰ってきたってんだ?」
「神隠しからよ、2~3日連絡も絶って何事も無かったように戻ってきたとかなんとか」
「よくある思春期特有の家出とかじゃねぇのか?」
「それがね、消えた日に一緒に帰っていた女子生徒がイグドラシルのお嬢様で、彼女が言うには厄介事に巻き込まれたとかなんとか」
「――!」
……イグドラシルのお嬢様⁉ あの時のミステリー大作現場か! そして消えた男子生徒か。
「何よ、急に黙り込んで」
「いや、なんでもない。ちょっとばかし思い当たる節があっただけだ。その男子生徒の名前は?」
「鞍部・ダーク・継穂くん、ここまでサービスだから。一応、管理者側のアンタからしたら調べるのも簡単だろうけど、個人情報だからね。生徒を守るのも私の仕事なのさ」
「ケチだなぁ。こっちも機密漏らしてるのに」
「アンタの首が飛ぶだけの情報と、まだ未来が明るい若者のプライバシーが等価なわけがないだろう?」
「こりゃ手厳しい」
彼女の持つグラスの氷が溶けたのか、からりと音を鳴らし動いた。彼と彼女と間に刹那の沈黙が流れる。
「というかアンタ、調査と託けてウチの学園に来るんじゃないよ。仕事にまで干渉されたらたまったもんじゃないさ」
「お前さんに用なんかないわ。それとも自分は生徒から人気の花の女教師だからと自惚れたか?」
「違うわ。警察がウチに来ただけで私が面倒事を被るの。一応教務主任なんだから。緊急時の責任者なのさ」
……視線が痛い。こりゃ調査に行ったのがバレた日には殺されるかな俺。
フロスの前にカクテルグラスが出される。
「こちらマルガリータでございます」
グラスの縁に塩がついているスノースタイルのカクテルだ。彼はその白色のカクテルを眺めていると、もう1つ赤いドリンクが彼の前に置かれた。
「マスター? 俺これ頼んでないよね?」
「こちらは私から。サングリータでございます。簡単に言えば、少しスパイシーなトマトジュースとでも言いましょうか。今日は随分お飲みになっていたのと、お連れ様が限界のようなので」
フロスがふと隣を見てみると顔を真っ赤にしたトマサが眠そうにしている。
……あ〜あ、飲めないのに強いの飲んだな?だまっときゃ美人なのに。
「気が利くね〜マスター」
「いえいえ」
彼は出されたドリンクをすっと飲み干した。
お勘定をカウンターに置き、
「また来るよ」
そう言うと彼女に肩を貸し、店の外へと出ていった。