我が家のルール
家に着くと、電子音声が僕に話しかける。
『おかえりなさい継穂様、本日のバイタルチェックが未完了です。ただちに行ないますか』
「そうだな。15分後にやろうかな」
それを聞いてか、母さんがリビングから出てきて僕を迎えてくれた。
「また遅かったわね。どこか寄り道でもしてたの?」
母さんの会社の代表に呼ばれてスカウトされたとは言えないなぁ。
「ちょっと友達と遊んでたんだよ」
友達(妖魔、蛇女、会社代表)かぁ。我ながら苦しいウソだと思う。
「そう。夕飯できてるから早くバイタルチェック終わらせて食べちゃいなさい」
「はい」
そう返事をすると自分の部屋に向かった。服を脱ぎ、検査用ポッドの中に入る。内側のパネルを操作し、魔法を発動させることで自分の体をスキャンし、その健康データが政府に送られる仕組みだ。
『バイタルチェック終了しました。お疲れ様でした』
労いの言葉をくれる電子音声を聞き流し、母さんの待つリビングへと向かう。
「終わった? さっさと座りなさい。継穂が座らないと私も食べられないでしょ」
これは我が家のルールだ。父親は幼いころに事故で死んでしまい、母さんは女手一つで僕を育ててくれている。そんな母さんは働きづめのエリート会社員だ。だから家にいる時間は非常に少ない。なので、たまに母が僕よりも早く帰ってきているときは、母さんが夕飯を作り、一緒に食べることで少しでも家族の時間を過ごすというものだ。
「「いただきます」」
席についた僕達は合掌し、夕餉を食べ始める。いつもの事だが、一緒の時間を過ごすと言っても会話は基本的に少ない。お互いに共有できるような話題がないのだ。
いや1つあったな。というか今日できた。
「そういえば母さんの会社ってどんな会社なの?」
「何よ、突然」
「いや、詳しく聞いたこと無かったなって」
母は自分の仕事について多くを語らない。きっと僕に気を使わせないためだろう。おかげで僕は学生生活に集中できているわけだし。
「そうねぇ。FSSに色んな部門があるのはわかる?」
「それはわかるよ。母さんは技術部門だよね?」
「そう。私は魔道技術部門で仕事してる。他にも農業、医療、芸能とか。私にはよくわからないけどね」
FSSはあらゆる業界において一定の成功を収めているモンスター企業だ。
イグドラシル程の老舗では無いが実力があり、企業の力がそのまま国家の力になる日本では高い地位に位置する。事実、代表のエカテラフさんは上院議員のうちの1人だ。
「グリモアって聞いたことない?」
「さぁねぇ。なんの名前?」
やっぱりか。怪物と戦うような部門が堂々と存在してる訳がない。社内にも触れ回ってないのは当然とも言える。
これ以上追求しても仕方ないので適当に誤魔化す。
「いや、FSSで開発中のゲームだったと思うんだけど違ったかな」
「そうなの? 部門が違うからよくわからないわ」
また会話が途切れ、黙々と食事に手をつける。
しばらくしてから母が話を切り出した。
「今の会社はね、お父さんが死んじゃってあてがなくて苦しい時に拾ってくれたところなの。代表が直々に私の技術を見込んでね」
僕は小さい頃の記憶はほとんど覚えていないが、不自由を感じたことは1度もない。母はそれを感じさせることないほどに頑張ってくれていたのだ。
「継穂はワガママさんだったけど、手がかからない子供で助かったわ」
「ハハ……」
乾いた笑いが出てしまった。確かに小さい頃はヤンチャしてたと思う。
「そっか。継穂も将来のことを考える年頃になったのね」
「ん? あぁそうだね」
仕事のことを聞いたからだろうか。母はどうやら僕が将来の話をしているように聞こえたらしい。
「最近は、友達ともよく遊んでいるようだし。災害から無事に戻ってきたかと思えば、それからしばらく笑わなくなってた時期もあったけど、ちょっと安心したわ」
「あぁ、うん……」
その時のことはよく覚えていない。小等部から中等部に上がるくらいの時に、僕は欠落災害に巻き込まれたらしい。日本では少ないが世界各地では比較的今も欠落現象が起きている。
「継穂が塞ぎ込んでいる時に、私は継穂のそばにいられなくて、力になれなくて申し訳なかったけど、もう自分の力で立ち直れる大人になり始めてるのかぁ。子供の成長って早いわね」
「まだまだ子供だよ」
僕はゆるく否定した。
母さんはやはり偉大だ。そんな偉大な母を見込んで、支えてくれたFSSコーポレーションに僕は声がかけられている。1度しっかり見てみるのもいいかもしれない。
「いい? そんな大人になりかけの継穂にアドバイス。大人は誰しも何かの力を持っているものなの。だからね、自分の行動には必ず責任がともなってくる。自分が行動することで誰かを幸せにすることもあれば、不幸にすることもきっとある。それでもね、なるべくみんなが幸せになる行動を選びなさい。それはいつか自分に返ってくるから」
「ハイハイ、わかったよ。ご馳走様でした」
合掌しながら席を立つ。食器を食洗機に投入し、僕は自室へと戻った。
自分のベッドに寝転びながらデバイスを操作し、インストールしているゲームを起動する。
「バイトか。真面目にやってみるか」
そうして横になりながらゲームをしているうちに、睡魔に襲われ深い眠りに落ちていった。




