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得のない勧誘

 僕は医務室らしき部屋から半強制的にセレナに連れ出された。聞けば、「代表が呼んでいる」との事であった。


「代表って誰なのさ?」


「グリモアのトップだよ。代表ってのはちょっと違うところから来てるけど」


 どういう事だ? イマイチわからない。

 やがて大きく豪勢な扉の前に着いた。


「偉い人がいそうだな」


「何を持って偉いとするかは人それぞれだからなんとも言えないけど、少なくとも権力を持った人物であることは間違いないね」


 そう言うとセレナは入出の許可を求めるために扉をノックした。

 数秒後、大きな扉がひとりでに開いた。

 そこに見える光景は、とにかく大きな窓と眼下に広がる高層ビル群、そして窓の向こうに見えるイグドラシルタワーだった。

 そして、その中でも特に気を引くものが、ネームプレートらしきものが置かれたデスクの前にある人が1人入りそうなデカイ箱だ。丁寧にリボンまで結んである。


「代表、連れてきましたよ」


 セレナがそう言うと箱の蓋が開き始め、中からカラフルな色の煙がもくもくと立ちのぼる。やがて少しづつ煙が晴れてくると箱の中には……何も無かった。


「やぁ、鞍部継穂クン」


 僕の左耳の至近距離からささやき声が聞こえる。そちらを見れば、中性的で整った顔がそこにあった。


「うわぁ!」


 僕は驚き、身を引く。


「ミスディレクションって知ってるかい? ボクは今箱に注意を引いて後ろから忍び寄ったんだよ。気づかなかっただろう?」


 正直、僕は驚くよりも引いた。初対面の相手にすることでは無い。クスクスと笑っているが趣味が悪すぎる。というかこの顔をどこかで見たことあるような。


「あーっ!」


 ついついマヌケな声を上げてしまった。


「エカテラフ・クラドゲートじゃないか! FSSコーポレーションのCEO!」


「あら、ボクのことを知ってるのね」


 当たり前だ。イグドラシルグループと肩を並べる巨大企業、FSSコーポレーションの代表、人員の使い方や采配が天才的で、人材教育系セミナーを多くこなし、甘いマスクでタレントとしても活動する。テレビや街中のモニターでよく見かける有名人で通称()()

 サングラスをかけた姿が印象的なのだが、今はかけていないのですぐ気づけなかったが、見間違えるはずはない、()()()()()()()の代表を。


「いつもお世話になってます!」


 僕は深々と頭を下げた。僕の生活基盤を握っていると言っても過言ではない人なのだ。


「代表、ドッキリの印象がちょっと薄くなったからといって、なんかちょっと残念そうな顔しないでください」


「別に拗ねてないもん! セレナのバーカ!」


 なんか一瞬、後頭部ごしに寒気が伝わった。

 前から少し落ち着いた声が聞こえる。


「顔を上げて、そんなにかしこまらなくていいよ」


 ちょっと感情の起伏が激しい人だなと思いながら僕は頭を上げた。


「それで僕になんの御用でしょうか?」


 クラドゲートさんは元気に即答した。


「単刀直入に言おう! 鞍部継穂クン! ウチに来ないかい? そして平和の戦士となるのさ!」


「僕が、ですか?」


 彼は首を勢いよく縦に振った。


「継穂君には才能がある。力を手に入れる資格がある。それを見込んで誘っているんだ」


「いやいやそんな才能は僕には――」


「ある! もちろん今はまだまだだ。ほんの数百年前くらいは継穂君くらいの才能を持っている人はざらにいた。でも君のような誰かを自分を犠牲にしてでも守るというメンタリティを持っているのは過去にも今にもほとんどいない!」


「まるで自分で見たきたような話し方をしますね」


 ふと口に出た発言だが、少しトゲのある発言になってしまった。実際に見てきているはずは無いのだからこれは皮肉だ。


「――実際に自分の目で見てきたんだよ」


 そう言うと彼は不敵な笑みを浮かべ、


「ちょっとくらい聞いた事ないかい、昔は陰陽師っていう職業があったってことを」


 彼は髪をかきあげて、その()()()()を露わにした。


「ボクは安倍氏嫡流、土御門家陰陽道最後の当主、土御門晴雄(つちみかどはれたけ)、その人なんだよ」


 言っている意味がわからない。陰陽師っていうのは聞いた事はある。詳しくはないが少なくとも数千年単位は前の話のはずだ。


「代表はいわゆる長耳族(エルフ)だからね。私たちの何百倍ともう生き続けてるんだよ」


「そういうこと。悠久の時を生きてきたボクが君のことを評価しているんだ。自信を持ってもいいよ」


 セレナの説明に同意し、引き続きクラドゲートさんは僕に語り掛ける。


「もちろん選ぶのは君だ。代わり映えのしない平凡な生活を望んでもいい。だけども、君の力は誰にでも使えるものでは無いということを心に留めておくことだ」


「僕は……」


 言葉が出なかった。急に提示された選択肢、妖魔と戦うという危険な話。特にメリットは感じられない。


「アハハ。答えは急いでいないよ。とりあえず自分自身の身を守れるくらいにはなってもらうことに変わりはないから、その間はバイトという形で見学していくといい。泰城、その準備は整ってるんだよね」


「もちろんでございます、代表。手続きは済ませておりますので」


 どこにいたのか、燕尾服の男が部屋の片隅で手帳を開いて続ける。


「それと、もう少しで次のスケジュールの時間でございます。くれぐれも遅れることのないようにお気をつけください。」


「はい……じゃあそういうわけだから、あとはまかせるね」


 そう言うとクラドゲートさんは、迷う僕を尻目に部屋から出ていってしまった。器の大きさの違いを見せつけられたような気がして、えも言われぬ感情に苛まれるのであった。

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