特殊なお医者さん
ハッと目が覚める。明かりの光が眩しい。
「ここは……」
僕はこの光景をつい最近見たことがある。
「ふぅー。やっと起きた」
ベットの脇に座るセレナからため息が聞こえた。
ここはグリモアの医務室と言ったところか。まさかもう一度この部屋にお世話になるとは思いもしなかった。
「キミ、良かったね。今回は原因が血液の不足ってわかってたから早く対処できたよ」
「あぁ、ありがとう」
「お礼を言うなら先生に言って。私はここまで運んだだけだから」
先生? 医者みたいな人物がいるのだろうか。それはともかく、
「それでも運んでくれたのはセレナだよね? ありがとう」
「ふ、ふん!」
彼女はそっぽ向いてしまった。何か気に障るようなことことを言ってしまっただろうか。お礼を言っただけだが。
「くぅー! 若いネ、君達!」
聞き覚えのない声だ。声のする方を見れば、白衣で青みがかった長髪の女性がデスクに座っている。
「あ、先生! この人が君を処置してくれたガイア先生だよ」
その存在に気づいたセレナがご丁寧に説明してくれた。白衣の女性は顔を覆うように片手でメガネをあげて立ち上がる。
「ガイア・リンドヴルムだよ。君の処置は2回目だね。まさかグリモアの人間以外を2回も治療することになるとは思わなかったよ」
彼女は名乗りながらこちらに近寄ってくる。デスクに座っていたから気づいていなかったけれども、彼女の立ち姿を見て絶句し、身をこわばらせた。
「……え?」
「先生、相手は一般人なんだよ。その姿はビックリしちゃうよ」
「ああ、そうか。すまないね。君を襲ったりはしないからそんなに怯えないでくれ」
僕は咄嗟に命乞いをした。
「食べないでぇぇえええええ!!」
セレナに先生と呼ばれる女性の下半身は蛇だった。
その部屋には豪気な笑い声が響き渡っていた。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」
そんなに笑われると少し恥ずかしい気持ちになる。そりゃあ自分と話をしていた女性が半人半蛇だったら誰だってビビる。例え、怪物に何度か襲われてようとも。
彼女は目に浮かべた涙を自らの尾の先で拭いながら言った。
「いやぁすまない。ここまでいいリアクションを見たのは久しぶりで」
彼女は握手を求めるようにこちらに手を差し伸ばす。
「改めてガイア・メリュジーヌ・クスシ・リンドヴルムだよ。グリモアの医療班ってとこかな。ナーガ、ラミアとか言われてる種族、見ての通りの蛇女ネ。よろしく」
僕はその手を握り返した。
「こちらこそよろしくお願いします。あの、さっきは失礼な態度をとってすいませんでした。僕のこと治療してくださったのに……」
「いいんだよ。アタシが注意してなかったのが悪いんだからネ」
そう言うと、彼女は軽く跳び上がる。そして着地する頃には蛇だった下半身が人間のものとなっていた。
「いつもグリモアの連中しか相手にしてないから、ついつい人の足にするのを忘れていたよ」
えぇ? その足、戻せるの!? あ、いや蛇の方が本来の姿だったら戻すというのはおかしいか。
「今、ヒトガタになれるのかと思ったネ? だからアタシの不注意だと言ったんだよ」
思考を読まれた。どうやら蛇の姿が本来の姿らしい。まだ少し怖いがとりあえず処置してくれたお礼を言おう。
「何度もありがとうございます」
「一応どういたしまして。と言っても大きな傷は君が自分で大体治しちゃったみたいだから、私がしたのは失われた血液を戻して細かいところを治しただけだよ」
なんか意識を失う前にもそんなことを言われてたような。よくわからん。
「えーと、つまりどうゆうことですかね?」
僕の要領を得ない質問に対してセレナが答えた。
「端的に言えばキミは魔術を使って、死の淵から自力で戻ったんだよ」
「僕が魔術を使った? 使い方どころか、魔術が何かも分かってないのに?」
冗談にしか聞こえない。もしそうだと言うのならば、魔法が発達している現代医療でも到達しえない所業だ。自分がそれをできるとは到底思えない。
ガイアさんがセレナの言を補足するように同意した。
「そうだよ。状況を聞いてる限りだとアタシの役割なくなっちゃうくらい見事な治癒術だったみたいだネ」
「はぁ……」
そうとしかリアクションの仕様がなかった。理解が追いつかないのだ。
セレナが再び口を開く。
「とにかくキミは魔術を使った。なんで使えるかはわからないけど、キミには素養があるということだよ」
どうやら彼女らにも何故このようなことが起きたのか、状況がよくわかってないらしい。
「それであのトンチキが君をお呼びなわけだネ。幸い今日は君が意識を失ってから数時間しか経ってないよ」
「代表のことをそんなふうに言えるのは先生だけだよ。そういうわけで行こっか!」
そう言うとセレナは急に僕の手を取り、半ば引きずるように僕を引っ張った。
「ちょっとお! 説明くらいしてくれー!」
部屋から連れ出されていく中、後ろを見るとガイアさんがこちらに手を振っており、なにかつぶやいてる気がした。
「んーやっぱり若いっていいネ。アタシも帰ったらいっぱい甘えよ!」