2.捕食者
「違う。私は魔剣。『魔剣ティアロス』。その主、ルイ。だから守った」
⋯⋯⋯⋯んっ?何言ってんだこいつ?
「⋯⋯魔剣?」
「そう」
「いやでも、お前、人じゃん⋯⋯?」
「主、スキル使ったの、覚えてない⋯⋯?」
「《擬人化》したって言いたいのか?でも、俺がスキルを使ったのは赤い石に対してだぞ?」
「⋯⋯でも、ティアロス、主に《擬人化》してもらった。それで、主が危なかったから、助けた」
「それは本当に感謝してる。ありがとう⋯⋯だが、俺はティアロスを《擬人化》した記憶は無くてだな⋯⋯」
「⋯⋯主の《擬人化》、どんなスキル?」
「どん、な⋯⋯か?うーん、すまん、俺もいまいちよく分からん」
「⋯⋯主、スキル詳細、見てない?」
「⋯⋯そんなのがあるのか?」
「ステータス開いて、スキルタップすると、見れる」
「マジか」
言われるままに、俺はステータスを開き、ひとつしかないスキル欄をタップする。
すると、その欄が新しいウィンドウになって拡大され、スキル名の下に説明文が出てきた。
「擬人化」
使用者を中心に半径百メートル以内の
一定以上の存在力を持ったものを擬人化する。
一度擬人化すると、二度と元には戻れない。
ほー。半径百メートルね⋯⋯。
つまり、俺が発動した時、ティアロスが半径百メートル以内にいた、ということか。
「なるほど」
ティアロスが、いつの間にか横に来て画面を覗き込んでいた。
「ん、お前、開示してなくても見れるのか?」
「分からない。けど、今見れてるから、多分、そう」
「ほえー」
「⋯⋯つまり、主は、ティアロスを求めた訳じゃなかった」
「え」
「ティアロスが擬人化したのは⋯⋯たまたま⋯⋯」
唐突に泣きそうな顔をする少女に、俺は情けなくもオロオロしてしまう。
「いや、違うんだって⋯⋯えーっと⋯⋯凄く運命的じゃないかっ?⋯⋯うん!きっとそうだ!運命の出会いなんだよ!」
「⋯⋯⋯⋯運命」
「そう!運命だったんだよ!」
「⋯⋯⋯⋯なら、良い」
安っぽい言葉だが、どうやら納得してくれたようだ。
しかし騙しているようで少し罪悪感があるのは⋯⋯⋯⋯まあ、今は仕方ないだろう。
「主はティアロスの、運命の人。つまり⋯⋯旦那様」
⋯⋯ん?
◇ ◆ ◇
「にしても旦那ァ、いい御使用人じゃあありやせんか」
「ん、あ、ああ。俺も感謝してるよ」
現在、俺達は馬車に乗り森を通って隣の国を目指していた。
まあ、馬車といっても、運搬用の貨物馬車だが。
偶然通りかかったので声を掛けてみたところ、荷台の余ってる場所になら乗せてもいい、と言ってくれたのだ。
この国は人を輸送する類の商売が全て国営となっていて、貧しい人間には手が出ないそうで、よく荷台に乗せてもらうことがあるらしい。
というか、国自体が碌でもないものらしく、殆どの国民が貧困層だそうだ。
そして俺は、別の国から商売に来たところ、不当な理由で財を没収され追放された商人、というこの世界の住人から見ればおかしな俺の格好を根拠にした、馬車のおっちゃんの勝手な予想に乗り、財が無くなってもついてきてくれた使用人とともに、他の国へ逃げる途中だということにしたのだ。
「旦那様、守るの、当然」
「あー、ああ、ありがとうな」
「くぅーっ!羨ましすぎる⋯⋯俺もこんな可愛いお嬢さんにそんな風に想われたかったぜー⋯⋯」
強面のおっさんが涙する様は少し面白いが、前を見ろ、危ない。
「旦那ァ、嫁さんはその子に決定かァ?」
「え、あー⋯⋯ティアは⋯⋯はあ?」
ティア、というのはティアロスの愛称だ。
魔剣ということだけあり少々イカついので、使用人として女の子にありがちな可愛いらしい愛称にさせて貰ったのだ。
嫌がるかも、と思ったが、喜んでくれているようだった。
「『はあ?』じゃねーよ!こんなに可愛くて自分を思ってくれてる嬢ちゃんを振るなんてこたァねーよな?」
「ん、んー、あー⋯⋯」
「旦那様は、ティアの旦那様。これから、なる」
「お嬢ちゃんは乗り気なんだ!腹を決めちまい⋯⋯ッと!?」
突然馬車が急停止して、バランスを崩して荷台から落ちかける。
「わっぶねーな、なんだよおっちゃん、止まる時は⋯⋯」
「しっ!静かに!」
おっちゃんが見たことないくらい真面目な顔で、いやさっき会ったばかりだから無くて当然なのだが、鋭い目付きで辺りを警戒し始める。
(何だ?どうしたんだ?)
(アシッドサーペントがいやがるかもしれねぇ⋯⋯旦那、荷台から降りろ、隠れるぞ!)
(えっ、ちょ⋯⋯⋯わ、分かった!)
俺達三人は馬車から素早く馬車から降りると、道から外れて森の中へ踏み込む。
(旦那!あそこに身を隠しやしょう!)
(分かった!)
俺達は、馬車の様子を確認できる程度に離れた場所の、人が五人ほど入れる大きさの、ドーム状になっている藪の中に隠れることにした。
(⋯⋯何で、急になんちゃらサーペントがいるって思ったんだ?)
(アシッドサーペント特有の匂いがしやがるんだよ)
(匂い⋯⋯?あー、少し、酸っぱい?様な感じはするな)
(ん。する)
(ああ、それだ。彼奴らは突然音も無く現れるから、匂いでしか接近が分からねえんだ⋯⋯ッ、来たか!?)
俺達はさっきまで以上に息を潜めて辺りを警戒する。
すると、道を挟んで反対側の森から、出てきたのは⋯⋯⋯⋯
五人ほどの、人。
そいつらは俺達の馬車に素早く乗り込むと、出発しようと上手に合図する。
「⋯⋯ッ!匂いで騙して馬車を掻っ攫う盗賊連中だ!⋯⋯野郎ッ!」
強面のおっちゃんが鬼のような形相で立ち上がり、飛び出そうとする。
そうか、そんなやつらもいるのか⋯⋯。大変だな異世界⋯⋯。
「待って」
と、おっちゃんの脚ををティアが掴む。
「なっ!嬢ちゃん!離してくれ!馬車が盗られちまう!」
「違う。まだもう一つ大きな気配がする。隠れて」
「あんだって?⋯⋯⋯⋯⋯⋯ッ!?」
(うっ!くっっせー⋯⋯!)
さっきまで少ししか感じなかった酸っぱい匂いが、突如信じられないほど濃くなる。
すると。
「うわあああ!!!」
「に、逃げろ!!!」
盗賊達が突然悲鳴をあげ始める。
様子を伺うと⋯⋯⋯⋯いた。
全長二十メートルはあろうかという、緑と茶色と斑模様の、巨大な蛇が。
アシッドサーペントは牙から霧のようなものを噴出し、盗賊達を襲う。
そして、その霧を浴びた盗賊の身体が⋯⋯⋯⋯みるみる溶けていった。
(うえっ⋯⋯)
皮膚が溶け、筋肉や骨、脳や内臓が露わになってゆく。グロい。
盗賊達はあっという間に殺し尽くされ、その場に動くものはアシッドサーペントのみとなった。
俺達は見つからない様、必死に息を殺す。
あんなのに襲われたらひとたまりもない。
アシッドサーペントは、溶かした盗賊達をひと飲みにしていく。
どうか、どうか、このまま去ってくれ⋯⋯!
そして、盗賊達を平らげたアシッドサーペントは俺達には見向きもせず、その場を去────
「キシャーッ!」
「⋯⋯ッ!?」
突然後ろから、甲高い鳴き声が聞こえて振り返ると、そこには二匹、人間と同じくらいの大きさのムキムキの猿がいた。
何でだこんな時にッ!
俺達は猿に向き直り、猿も俺達を威嚇する。
恐らく、ここは彼等の縄張りなのだろう。
すると、「キィーッ」と突然叫んで猿達は去っていった。
いや、俺達の後ろを見て、叫んで、逃げていった。
⋯⋯⋯嫌な予感しかしない。
振り返ると、そこには予想通り⋯⋯ヤツがいて。
思いっきり、目が合う。
⋯⋯⋯⋯見つかった。
感想読むのが何よりの楽しみなので、どうか感想だけでも書いていって頂けると嬉しいです