happy birthday to……
「わぁ……雪だ……」
綿のような雪の降りしきる朝。
「んー……寒い……」
あきは目を覚ました。昨日干したふわふわな布団は、まだ仄かに太陽の香りがする。
山奥の大きなログハウスだ。「二人きりで誕生日を過ごしたい」と言うルークの提案で、昨日の午前の内に二人は森の中の別荘を訪れていた。
「あれ、ルークさん?」
隣で寝ていたはずのルークがいない。壁掛け時計を確認すると、時刻は八時と少し前。もぞもぞと足を動かし、彼の寝ていた場所の体温を確かめる──が、そこは既に冷たい。
(一体何時に起きたんだろう?)
もこもこの水色のパジャマの肩に濃紺のカーディガンを掛け、これまたもこもこな猫を模したスリッパに足を食わせて立ち上がる。
「わあ……」
とことこと窓まで歩いて行きカーテンを横に引くと、外は一面銀世界だった。昨夜から深々と降り続いた雪が、恐らく膝の辺りまで積もっている。どうりで寒いわけだ。
「……雪だるま作ろ、あとかまくらも」
よし、と意気込み振り返るとベッド脇のサイドテーブルに、何やら見慣れない服と書き置きが。
「なに?」
服を広げる。ブルー系の小花が描かれた、膝上丈の白いキャミソールワンピース。胸の所がVネックになっていて、
「なんか……えっちだ……」
その下には白い毛糸でざっくりと編まれた、床に届きそうなほど長いカーディガン。それにシルバーホワイトのショートレギンス。
「ええっと、なになに……?」
あきは服の上に置かれた書き置きを読み上げる。
『あき、おはよう。これを着てくれ』
筆圧の弱い、流れるようなルークの文字。もっと面白いことでも書いてあるのかと思ったのだが、普通過ぎるほどに普通だった。それがなんだか可愛らしくもあり、面白い。
「着るの、か……これを」
確実に雪だるまを作る格好ではないなと苦笑しながら、あきは用意された服を身に纏った。キャミソールワンピースは薄手だったが、室内で着るにはまあ、問題はないだろう。
「やっぱり……えっちだ、これ」
見てくれ! と言わんばかりに開いた胸元を隠すため、鞄の中をを引っ掻き回して中に一枚、白いキャミソールを身につけた。このくらい勘弁して欲しい。カーディガンを羽織りなおし、あきは部屋を出た。
*
廊下に出ると食欲を唆る芳しい香りが鼻先をくすぐった。これはルークお得意の野菜のキッチュを焼いている香りだ。
丸太造りの壁沿いを歩き進めると、チキンの香草焼の香りも漂っている。ローズマリーの香気に思わず頬が緩んでしまう。
(こんな時間から、一体どれだけ料理を作ってるんだろ?)
小首を傾げながらリビングドアのノブを握ると同時に、部屋の内側からドアが開いた。
「あき、起きたのか、おはよう」
「おはよう、ルークさん」
腰まで伸ばした艶やかな黒髪、それに瑠璃色の瞳。一瞬裸エプロンなのかと見紛ってしまうルークの服装は、いつも通りノースリーブのトップス姿。淡い色のトップスの上から濃い色のエプロンを身に付けているものだから、トップスの存在感がかなり薄れてしまい、結果的に裸エプロンに見えるのだった。
「何を驚いているんだ?」
「ええっと……いや……」
まさか脳裏に浮かんだ彼の服装を、口にすることなど出来ようか。
「そんなことよりもあき、お誕生日おめでとう」
わっ、と手を広げふわりと抱き締められる。自分よりも二十センチ近く背の高い彼の腕に抱かれると、すっぽりと体を包まれ心地よい。
「あ、ありがとうございます」
いくつになっても「おめでとう」と言われて悪い気はしない。ルークの太い腕の中でもぞもぞと体を動かし、「あの」と声をかける。
「なに?」
「何ですか、この服」
「作った。あきのために」
「作った!?」
「縫ったし、編んだ」
「なんと!?」
料理に掃除、裁縫に至るまでルークはそつなくこなす。そして腕前はどれも抜群だ。
「このデザインは……?」
「俺の趣味だ」
「そうですか……」
自分好みの服を着せたかっただけらしい。しかし腕を解き、あきの肩に両手を乗せるとルークは上からしたまでまじまじとその姿を見つめた。
「よく似合っている」
「すみませんが、中に一枚インナーを着ましたよ」
ちょっと大胆だったので、と言うとルークは小声で「えぇ……」と漏らした。インナーは駄目だったらしい。
「それより、料理凄いですね! たくさん!」
「ああ……一日かけて、ゆっくり食べよう」
まだ項垂れている。そんなに駄目なのか、インナーは。背を向けたルークの髪留めが目に入り、あきはそれに優しく触れた。いつものシンプルな髪留めではなく、ルークの黒髪は真っ赤なリボンで纏められていた。
「ルークさん、このリボン……どうしたんです?」
光沢のある、可愛らしいリボンだ。男性向けではない、明らかに女性向けのそれに触れながら、ルークは冷蔵庫の前まで歩いて行く。
「これか? これはあれだ、俺の全てがあきの誕生日プレゼントだから」
「……はい?」
「今日一日はあきのために、何でもする。あきが望むのならば食事だって『あーん』してあげるし、背中だって流す。雪だるまもかまくらも作ってあげる」
「雪だるまとかまくらは一緒に作りましょうよ」
「いいのか!?」
「はい」
「一緒に作ると楽しいからな!」
ルークは寒いのが好きだ。雪はもっと好きだ。子供のようにはしゃぎながら、完成度の高い雪のオブジェを作る姿はなかなか奇妙だが、本人が楽しそうなので問題はない──と思う。
「ええっと……これは今朝作った雪うさぎ」
キッチンカウンターにコトリと置かれた皿の上には、手のひらサイズの雪うさぎが二つ。ご丁寧に南天の葉っぱと実までくっついた、可愛らしい表情の雪うさぎだ。
「可愛いですね」
「うん、楽しかった」
「よかったです」
彼のことだからきっと上着も着ずに、そのノースリーブ姿で庭に出たのだろう。肌を刺すような寒さが気持ちいいらしい。
「そしてこれだ」
ゴトリと置かれた皿の上には、大振りなケーキが乗っている。
「わあ、いちご!」
スポンジを彩るクリームにも苺が加えられているのか、ケーキ全体がほんのりとピンク色だ。ぎしりと苺が敷き詰められており、所々に薔薇の花を模した苺クリームの花が咲いている。散りばめられたセルフィーユが眩しい。
「中にはいちごのムースも挟んであるんだ」
「すごい、美味しそう!」
「お昼に食べよう」
「はい!」
ケーキを冷蔵庫にしまったルークは振り返り、にこりと微笑む。美しいその笑みにあきは一瞬息を呑み、微笑みを返した。
「とりあえず朝御飯だ」
「朝御飯はなんですか?」
「生ハムとレタス、それに海老とタルタルソースのカスクートだ。スープもある」
「わあい」
両手を上げて喜びを表し、席につくあき。ルークはその場で目元を手で覆い、首を左右に小さく振っている。
「ど、どうしたんですか?」
「俺は……」
「俺は?」
「俺はあきの『わあい』が好きだ」
「恥ずかしいんですけど」
「わあいだけじゃない、全部好きだ」
恥ずかしげもなく淡々とルークは言うと、あきの向かいの席に座る。しかし「あ!」と声を上げると、椅子を彼女の隣へと移動させた。
「どうしたんですか?」
「『あーん』してあげようか?」
「いえ……」
「遠慮をするなよ」
「じゃあ……夜にお願いします」
「うん、わかった」
子供のように素直だ。食事を口に運びながら、あきは午前中は雪遊びを全力で楽しもうと提案をする。
「望むところだ」
腕がなる、と言って口角を吊り上げるルーク。ああ、雪合戦をする気満々なんだな、とあきは小さく笑った。