七話 ヒトリボッチと妹 二
「ばいばいお姉ちゃん。気をつけて帰るんだよ」
「う、うん……ありがと」
普通言う方が逆なのではないかと少々腑に落ちない数多であったが、迷子になりグズっていた過去の自分を思い出してしまい、少年に対して何も言い返せないでいた。
「ほんとはお家の人が来るまで一緒に居てあげたいけど、これからお夕飯の準備をしないといけなくてねぇ。ごめんなさいねぇ」
「あ、あはは……大丈夫です。一応、高校生ですから……」
少年の母親も数多のことを心配そうに見つめるが、数多にとってはその視線でさえも痛いものと感じてしまう。
年齢が小さい子ならまだしも、数多はもうすぐ高校三年生になる。
――どこの世界に、自分よりも小さい子供とその母親に迷子の心配をされるような高校生が居るというのか。
「あらっ! そうだったのねぇ。可愛らしいから、小学生かよくて中学生に見えちゃったわぁ。ごめんなさいねぇ」
「――ぐはぁっ!?」
――小学生かよくて中学生。
その言葉は数多の精神にクリーンヒットする。
身長百四十センチ弱の小柄な彼女は、よくよく年齢や学年を間違われるのだ。
――それもほぼ百パーセントの確率で。
それらに嫌気が差し、数多にとって容姿について言及されることは、彼女のコンプレックスと化してしまっていた。
「あ、あら……? 大丈夫? もしかして……気にしてた?」
「い、いえ……大丈夫です……言われ慣れてますから……」
母親の申し訳なさそうな対応に対してがっくしと頭を垂れつつも、ここまでお世話になった親子二人に対して数多は手を振り見送る。
「ばいばいお姉ちゃん! また遊ぼうね」
「……うん。ばいばい」
少年が公園の入り口で振り返ってそう言う頃にはなんとか笑顔を取り戻し、真中は少年に別れを告げる。
親子二人の姿は段々と小さくなり、やがて見えなくなる。
二人の姿が完全に見えなくなった頃、数多は独りブランコの前にまで歩み寄り、カシャリと体重を預け、キィキィと音を立てて待ち人を待つ。
「はぁ……真中まだかなぁ」
公園の入り口を見つめながら今か今かと待ち人の姿を探す。
待ち人を待ち続け、数多の乗るブランコがキィキィと軋む音が三桁に到達する寸前――それ“ら”はやって来た。
「――あっ! 居た! お〜い! 数多ちゃ〜ん!」
それらの片割れ――白いブラウス、黒いタイトスカートを装った黒髪ショートボブの少女が駆け寄ってくる。
「……」
しかし、数多は声を発することが出来ず、固まっていた。――別に知らない人に話しかけられたから〜とか言う理由ではない。
「おっ、居た。じゃあ連れて帰ろっか真中ちゃん」
数多はそれらの内のもう片方――学生服を身に纏った、黒髪マッシュショートのまるで韓流スターのようなイケメンの姿に釘付けになっていた。
「……数多ちゃん? どうしたの?」
「……へ? あっ! い、いやっ! その……えっ!?」
すると数多は急にスイッチが入ってしまったロボットの如く慌ただしく焦燥する。
そしてその勢いを保ったまま、真中の両肩を勢いよくガシッと掴む。
「きゃっ!? あ、数多ちゃん!? いきなりどうしたの――」
「ちょ、ちょっと真中っ! あの人誰!? ま、まさか彼氏!? いつの間に彼氏なんて出来たの!? しかもすっごいイケメンじゃないっ! きゃ〜! やばいやばい!」
数多は真中の両肩をそのまま勢いよく揺さぶり、ピョンピョンと飛び跳ねながらテンションをハイにして喚く。
「あ、あわわ、数多ちゃん。落ち着いて――」
真中はと言うと、数多に体をガクガクと揺さぶられ、軽く目を回してしまっていた。
「落ち着いてられるかっての! やったじゃん真中〜! なになに? どこで知り合ったの? どこまで進んでるの? ねぇねぇ教えてよ〜」
しかし、数多は落ち着かない。
人の色恋沙汰に目敏い数多は、真中が連れて来たイケメンと真中との関係に興味津々だった。
「や、やめてぇ……助けて一人さぁん……」
しかし、そんな数多の挙動がピタリと止まる。
――真中が発した、ある人物の名称に反応して。
「……えぇ? 一人? よりにもよって、“あいつ”と同じ名前かぁ……」
数多は重々しく「はぁ」とため息を吐く。
イケメンには悪いが、数多にとってその名前はやめてほしいものだった。
――“あいつ”と同じ名前だからだ。
「おいこら。真中ちゃんが目を回しちゃってるじゃんか」
すると、イケメンが数多に馴れ馴れしく話しかけて来る。
「……何よ? 自己紹介も無く随分馴れ馴れしく話しかけて来るのね。……まさか、普段から色んな子に声かけてるから、そういうの慣れてるとか?」
「はぁ? 今までぼっちだったのに、そんなこと慣れてる訳ないじゃん。お前も良く知ってるだろ?」
「は、はぁ? 知らないわよあんたのことなんか……」
「えっ? 流石にちょっとショック……まぁいいや。とっとと帰ろう」
「……はぁ? 帰るって、どこに?」
「どこにってお前……僕達の家だろ? 違うの? まだどっか寄りたい所でもあるの?」
「ぼ、僕“達”の……家……?」
数多は疑念をイケメンに向ける。
全く話が噛み合わない。
言っている内容も支離滅裂だ。
ひょっとすると、このイケメンは自身の家に数多を連れて帰ろうとしているのだろうか。
それは如何せん許しがたい行為ではあるが、だとしたらおかしい点がある。
――自分の家を僕“達”の家と言うだろうか。
「……僕達って、どういうことよ?」
「いや……僕とお前の家だろ?」
「は、はぁ!? あたしとあんたの家!? どう言うことよ! あんたとあたしは今日あったばっかりで無関係の他人でしょ! きもい! ほんと意味わかんない!」
「えっ……嫌われてるのは分かってたけども……流石にひどくない……?」
イケメンは心底ショックを受けたかのようにがっくしと頭と肩を落とす。
しかし、数多はそんなイケメンの様子に目もくれず、――もしやこのイケメンは真中が居るにも関わらず、数多のことも歯牙にかけようとしているのではないか。もしや真中は悪い男に捕まってしまっているのではないか。真中は騙されているのではないか――などと様々な思想を巡らせる。
すると――
「……えっと、数多ちゃん。多分勘違いしてるよ。この人、正真正銘一人お兄さんだよ。貴女のお兄さん。ほら……名札にも書いてあるでしょ?」
態勢を整え直した真中がイケメンの学生服の胸元についた名札を指差す。
そこには――数多と同じ苗字である、【保智】という名前が刻まれていた。
「……えっ?」
数多は何がなんだか分からなくなる。
目の前に居るこのイケメンが“あいつ”だと言うのか。
中学時代、素行が悪く、自身とその親友に対して低俗な言葉を吐き捨てた“あいつ”だと言うのか。
高校時代、ここ三年間友達の一人も作らずに、ずっと独りで暗くジメジメと暮らしていた、あの“あいつ”だと言うのか。
数多の知る限り、近年の“あいつ”は……“あいつ”は――
「あ、あんた……ほんとに“あいつ”……なの?」
「……お前が言う“あいつ”が誰なのか分かんないけど……僕の名前は保智 一人。妹には保智 数多ってのが居るよ?」
「……いやいや嘘でしょ……信じらんない……」
「なんでだよ……じゃあ、何か僕にしかわかんないようなことを質問してみれば?」
「……あんた、好きな食べ物は?」
「ソフトクリーム」
「……あたしが最近ハマってることは?」
「朝に【魔法少女キュアキュア】見ることでしょ? いっつも日曜の朝に見てるじゃん」
「……」
「……」
――ここまで容姿が整ってはいなかった。
「うええええええええええええええ!?」
日が傾き始めた公園に、数多の絶叫が響き渡るのであった。