六話 ヒトリボッチと妹 一
「……た、大変です。一人さん。数多ちゃんから……たっくさん電話が来ちゃってました……」
真中はスマホの電話アプリの着信履歴を一人に見せる。
そこには多数の数多の名前がずらっと表示されていた。
――一種のホラーだ。
「あちゃ〜……今家の電話調子悪くてね……僕の携帯も、充電切れて放置したまんまだったみたいだ」
一人の携帯はパタンと閉じられたまま机に放置されている。
友達の居ない一人にとって、携帯はごくまれに家族と話すだけのものであり、普段は朝にアラームを流し、目覚まし時計として使用している。
――他の使用方法? たまに手鏡として使用するくらいだろうか。
もちろん連絡帳には家族以外の連作先は登録されていない。
……SNS? スゴク ナカマイナクテ サビシイの略?
「夜に電話やメールが来ないように設定したままだったみたいで……解除するの忘れてたみたいです……」
すると真中が突如衝撃的なことを言い出す。
あろうことか、電話やメールをするための機械からその機能を奪う設定をしていたと言うのだ。
――一人にとっては信じられない衝撃的なことであった。
(……え? 何? その無駄な設定……。僕のスマホなんて、夜どころか昼に鳴ることもほとんど無いんだけど……何か役に立つのかな? その機能……)
一人は真中のことを珍しい動物でも見るかのような目でついつい見つめてしまう。
「……うぅっ。すみません……」
すると真中が申し訳なさそうに顔を落とし、謝罪してくる。
どうやら真中のことを不審な目で見つめる一人の様子が、真中にとっては自分のことを攻めているように見えてしまったようだ。
「あっ、いや、真中ちゃんのことを攻めてるわけじゃないよ。そんな機能あったんだな〜って思っただけさ。僕の携帯そんな機能使わなくてもほとんど鳴ることないからさ。あはは……」
一人は慌てて誤解を解く為に真実を吐露する。
しかし、真中は先ほどよりもさらに暗く、悲哀な表情を浮かべ――
「……ごめんなさい」
と何故か重々しく一言謝罪するのであった。
「あっ、うん……大丈夫だよ。そ、そんなに気にしてないから……取り敢えず、数多に連絡してもらっていいかな? 迷子なら拾いに行く必要があるからさ……」
一人は真中の哀れみの視線を回避しつつ、真中に数多を呼び出してもらうように呼びかける。
(笑ってよ! もういっそ、笑ってくれた方が幾分もましだよ! 同情するくらいなら、僕と友達になってよ!)
心の内では、そう泣き叫びながら――。
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ブルブルッ! ブルブルッ!
「ぐすっ……ふぇ?」
公園でブランコに腰掛け、キィキィと哀愁漂う効果音を鳴らしながらぐずっている少女――数多のスカートのポケットから振動が伝わってくる。
ポケットに手を忍ばせ、そこから振動を与えていた物――スマートフォンを取り出してみる。
すると、真中からの着信が着ていた。
「……っ! 真中っ! もうっ! 遅いじゃないっ! あたしがどれだけ電話掛けたことか――」
「あらっ? 携帯持ってたのね。良かったじゃない。これでお家の人呼べるね」
近くで数多のことを心配そうに見守っていた婦人が、安心したようにほっと胸を撫で下ろす。
「良かったね。お姉ちゃん」
隣のブランコで遊んでいた、小学生くらいの男の子はにっこりと微笑みながら数多を励ます。
「う、うん……ありがとう」
(うわぁ……こんなにちっちゃい子に慰められるだなんて……冷静になって今考えてみたら……めちゃめちゃ恥ずい……!)
数多はプシュ〜と顔面を真っ赤にボイルさせる。
それでもなお小さな男の子から「どうしたの? お姉ちゃん。電話出ないの?」と言われながら心配そうに見つめられ、益々恥ずかしい思いにさせられるのであった。
「だ、大丈夫。出るよ。ありがとね」
数多はそう言ってキシリとブランコから降り、近くの木陰へと逃げ込みながら真中からの着信を取る。
「……もしもし?」
「――あっ! やっと繋がった! もしもし数多ちゃん? 今どこに――」
「やっと繋がったってのはこっちのセリフよっ! なんであんなに電話したのに出てくれなかったのよぉ……」
「あっ……ご、ごめんね。スマホの通知オフにしっぱなしだったみたいで……」
「もうっ! ちゃんと通知オンにしときなさいよ! 勘弁してよね! ……ところで、お願いがあるんだけど――」
「迷子だよね? じゃあ今から迎えに行くから、マップアプリ開いて現在地表示してトークアプリで送ってね」
「……お手数おかけします」
数多はその後、マップアプリを開いて位置をトークアプリに共有し、真中のトーク欄に貼り付ける。
するとすぐに既読が付き、「おっけー!」と奇妙なキャラクターがグッジョブサインしているスタンプで真中から返事が返ってくる。
数多も「すみません……」と珍妙なキャラクターが土下座しているスタンプで返信する。
「はぁ……なんとかなったわね。どれもこれも全部……あいつがあり得ない行動起こすからっ! 全くもう……」
数多はぶつぶつと文句を垂れながらもブランコの近くにまで歩を進める。
「どうだった? お姉ちゃん。無事に帰れそう?」
ブラブラとブランコで小さく揺れながら、男の子が心配そうに訪ねてくる。
「……うん。友達が迎えに来てくれるって。慰めてくれてありがとね。……そうだ! お礼に、お姉ちゃんが背中を押してあげる! それそれ〜!」
「わわっ!? すごいすごい〜! たか〜い!」
「あらあら……仲良くなっちゃってまぁ」
数多はお迎えがやって来るまでの間、ブランコに乗った男の子の背中を押し続けるのであった。
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(すごいな真中ちゃん……スマホを使いこなしてる感がある。マップアプリはまだなんとか分かるけど……トークアプリって何? 後で調べてみよう)
一人はスマホで数多と話す真中を垣間見て独り思う。
スマホは現代を生きるナウなヤングに取って必要不可欠な物であろう。
自分も大学で人気者になるためにはスマホに買い替え、いつかここまで使いこなさなくてはと心で奮起していると――
「……なるほど。場所が分かりました。今ここの公園に居るみたいです」
真中がスマホのマップアプリの画面を見せてくる。
どうやら画面上の地図で青い点が浮かび上がっている場所に数多が居るらしい。
(すごいな……自分の現在地の共有まで出来るのか……。ん? ここって……)
――その場所はどうやら一人が行った美容室の場所に近いようだ。
(あらら……帰ってくる時に意識をしっかりと保っていられたら、そのまま見つけて拾えたかもなぁ……)
「なるほど。場所は分かったよ。じゃあ僕が数多を拾ってくるから、真中ちゃんは家で待ってていいよ。適当に寛いでて」
これでしばらく独りになれる時間が出来るだろう。
数多と会った時になぜ一人が迎えに来たのか色々文句を言われるだろうが、文句を言われることはいつものことなので別に気にも留めない。
――それよりも独りの時間を得ることの方が大切だ。
家に帰って来たら真中に数多を押し付け、一人はそのまま部屋に篭って閉じこもっていれば、そこは何人たりとも立ち入ることのできない空間――固有空間と化す。
そこでしばらくは精神の療養をしなければ一人の精神が危うい。
一人はスッとベッドから腰を上げ、入口へと歩こうとする。
しかし――
「わ、私も行きます! け、携帯が使えないんじゃ、一人さんも迷子になるかもしれないですよ?」
と言って、真中も何やらやる気に満ち溢れた様子で椅子から腰を上げていた。
(えぇ……しばらく独りになれると思ったのに……)
こうなった真中はなかなか手強いのは経験済みだ。
早くも計画の破綻を予感し、一人は少々落胆する。
――だが、無駄かもしれないが足掻いてみる。
「いやいや、客人にそこまでしてもらうわけにはいかないよ。真中ちゃんは本来もてなされる側なんだからさ、ゆっくり待ってるといいよ」
そう言って一人は真中を押しとどめようとする。
「そ、そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ? 今まで何度も来てますし……」
しかし、真中は食い下がらない。――だが、一人も諦めない。
「いいや、真中ちゃんはここに居るべきだ。外は危ないし、変な奴だって居るかもしれない。僕では到底守りきることのできない危険なやばい奴だって居るかもしれないしさ。ここで安全に過ごしてた方がいいよ」
「でも……外はまだ、明るいですよ?」
それでも真中は食い下がろうとしない。
――一方一人は早くも謳い文句が尽きつつあった。
「う、う〜ん……いや、でもさっきまで独りでその辺まで行ってきたし――」
「……一人さん。もしかして、私と一緒に居るのが嫌ですか?」
「……うぇっ!?」
するといきなり一人の核心に迫る真中。
先ほどもこのようなことがあった気がする。
――この子は勘が鋭い。
「い、いや、そんなことはないよ。断じてない。僕はただ……真中ちゃんのことを思ってだね……」
一人は苦し紛れの言い訳をする。
(う、嘘は言ってないよ? こんなぼっちが隣に居たんじゃ、真中ちゃんにまでぼっちが感染るかもしれないからね!)
「……危険は承知の上です。それでも私は……一人さんと一緒に居たいです」
真中が不安そうに一人のことを上目遣いで見つめる。
「一緒に連れて行って下さい……お願いします」
そう言った真中は既に瞳を潤わせている。
――これを断るとまた泣かしたいわけじゃないのに泣かしてしまいそうだ。
「あ……うん……どうぞ」
「……っ! は、はいっ! ありがとうございます!」
一人はまた敗北を完全に認め、諦めるのであった。
(く、くそう……また断れなかった……これがノーと言えない日本人……か……)
一人は独り心の内でボソボソとぼやく。
「――でも、私のこと……すごく心配してくれて嬉しいです。これが初デート……なんて、言えないかな? えへへ」
うきうき、るんるんと顔を綻ばせながら、大層機嫌良さそうにしている真中のその様子は、やはり一人の脳内で処理されることなく、スルーされるのであった。