五話 ヒトリボッチと従妹 三
「そうだったんですね……」
真中は一人の長くて重ったらしい昔話を嫌な顔一つせず真剣に聴く。
――まるで自分のことのように、時折悲痛な表情を浮かべながら。
真中のその献身的姿に対し、一人は感動に打ち震える。
ここ最近、自分の話を真剣に聞いてくれるような存在など居なかった。
(あぁ……なんて良い子なんだ……こんなぼっちのくそつまらない話を、嫌な顔一つせず聞いてくれるなんて……)
一人は目の前に座っている少女を見据え、思う。
(やっぱり僕は、真中ちゃんのような良い人と友達になりたい。でも……)
そして全てを話し終えた時、真中はとても申し訳なさそうな表情をしながら――
「……でも、ごめんなさい。一人お兄さん。それでも私は……一人お兄さんの、お友達にはなれません……」
そう言葉を発する。
「……そっか。残念だけど、友達って嫌々なるものじゃないし、そうやってはっきり言ってもらえた方が清々しいよ」
(こんな良い子、僕には勿体無いな。いや、勿体無さ過ぎる)
一人は潔く真中と友達になることを諦める。
――人間、誰とでも友達になれるわけではない――
バイブルにもそう書いてあったことだ。
真中にも、一人と友達になりたくない何らかの事情があるのだろう。
――これ以上無理強いはしない方が良さそうだ。
「……だけどさ、真中ちゃんは僕と友達にはなれないけど、こうやって親切に接してくれてるよね。一体全体どうして……あっ、履歴書とかに書くための慈善活動とか?」
「そ、それは……」
友達になりたいわけでもないような人間に対して、このように接してくれるような存在に、一人は現状心当たりが無い。
故に、真中にその真意を尋ねる。
すると、真中は最初、口を開こうとしては紡ぐということを繰り返し、言いたいような、言いたくないような雰囲気を装っている。
――心なしか、少々不安そうにしているようだ。
(こ、これは……聞くべき質問じゃなかったか。慈善活動ってのは、あながち間違いじゃなかったのかもしれないな……。よし、ここは一つ真中ちゃんの履歴書の欄を埋めるためにも、協力しておくとしよう)
「……はは。ごめんね。あんまり言いたくないようなことなんだね。大丈夫。もう聞かないから――」
「――っ! か、一人お兄さんはっ! 私にとって……“特別な人”ですからっ!」
「……へ?」
“特別な人”
確かに真中はそう言った。
真中はまるでこの言葉を発したが最後、もう後戻りは出来ないと言うような雰囲気を醸し出す。
頬を染め、顔をやや下に俯かせ、瞳を涙で潤し、体を少々震わせている。
一人はその様子を垣間見て、ようやく真中の真意が分かった。――いや、理解ってしまった。
一人は今まで大きな思い違いを犯してしまっていたらしい。
(……そうか。なんと言うことだ……ようやく分かった。真中ちゃんは僕と――友達以外の関係になりたかったんだ。そして、友達以外の“特別な人”と呼ばれるような関係ときたら、もうこれしかないじゃないか。真中ちゃんは、僕の……僕の――)
――“妹”になりたいのだろう。
友達以外の特別な関係ときたら、一人に思い浮かぶのは――“家族”。
そして、真中とは小さな頃からの付き合いだ。
中学以降はただすれ違うだけの関係であったが、それ以前は妹の数多と一緒に遊び、まるで本当の妹のように接していたことを一人は思い出す。
あの頃は二人ともから“兄”としてちゃんと慕われていたものだ。
そして今でも真中は一人のことを“お兄さん”と呼んでいる。
故に、一人はこう結論づける。――真中は一人の妹になりたかったのだと。
(この子は……僕のことを“兄”として見ているんだっ! な、なんてこった……! 真中ちゃんが生粋のお兄ちゃんっ子だったなんて……! このままじゃまずい……まずいぞ! ……あっ)
――――――――――――――
名前:保智 一人
性別:男
年齢:十八歳
友達:『テキストを入力して下さい』
妹:二人(new!)
――――――――――――――
(ああああぁぁぁ!? そ、そんなぁ!? 妹としてカウントされてしまったああああぁぁぁ!? もうこれ以上、妹は別に欲しく無いのにいいいいぃぃぃ!)
一人のステータス(脳内シミュレート製)が更新されるが、悲しくも増やしたい項目――友達の欄には何も書き込まれず、別に増えても嬉しくない項目――妹の人数にのみ変更が適用される。
一人の深層心理は認めてしまったのだ。
――真中とは友達になれず、妹以外の関係は見込めないと。
一人は心の中で大絶叫する。
一人は決して“妹達”が欲しいのでは無い。
――“友達”が欲しいのだ。
しかし、それでも一人は心で認めつつもまだ諦めない。
――諦めたくない。
「そ、その……“特別な人”ってのはさ。ま、まさか……真中ちゃんにとって、僕は家族同然だったりする?」
「……はぃ。ずっと……ずっと前から、“大切な人”だと、想っていました。もちろん、今も……」
(おぅふ……やっぱりそうかぁ……)
やはり小さな頃からずっと“兄”として一人のことを大切に慕っていたのだろう。
一人は早くも諦めそうになる。
真中の覚悟を決めたその表情を見る限り、一人と友達になりたいなどとは、気が狂わない限り言いそうにもない。
――もはやそんなことは全く眼中になさそうだ。
しかし、それでも一人はハイエナの如く食らいつく。
――友達欲しさに人間をやめつつある、【妖怪ヒトリボッチ】をナメてはいけない。
「で、でもさ、僕と真中ちゃんは、別にそういう関係じゃなくても良いんじゃないかな? ほ、ほら! 例えば友達なんか――」
「――っ! そ、そんなっ……!」
すると、一人の話を聞いていた真中が悲痛な表情を浮かべる。
目からハイライトを無くし、瞳に涙を目一杯溜め、視線を落としてしまっているその表情は、誰がどう見ても喜怒哀楽の感情の内、“哀”だと言える表情だ。
一人は慌てふためく。
――別に泣かせたくてそんなことを言ったわけじゃない。
(うっ……そこまで嫌がらなくてもいいのに……そんなに妹の方がいいの?)
「……あ、で、でも……まぁ……別に、良いかもね? 昔からの、付き合いだし……数多とも仲良いし……真中ちゃん、良い子だし……もうそういう関係でも……」
必死にフォローするが、内心では――
(嫌だあぁ……本当は嫌だよおぉ……真中ちゃん……僕と友達になってよぉ……今ならまだ間に合うよぉ……)
と咽び泣いていた。
「――えっ!? そ、それって、本当ですかっ!? 本当に本当に……本当ですかっ!?」
しかし、やはり真中はそれを望んでいないようだ。
先ほどとは食いつき方が全く違う。
誰がどう見ても喜怒哀楽の感情の内、“喜”だと言える表情だ。
――言動、表情を誰が見聞きするまでもなく、言うまでもなく、書くまでもなく、喜んでいることが分かる。
そして分かったことがもう一つ――友達には絶対になりたくないのだろうということ。
「あっ……うぅ……ほ、本当……かも――」
一人はその姿を見てようやく観念したのか、ポツリと言葉を漏らす。
これ以上粘っても、友達が得られるとは思わなかった。
しかし、その言葉を言い切るよりも早く真中が反応し――
「う、嬉しいですっ! ほ、本当に本当に……嬉しいですっ!」
と言葉を切れ切れに発し、笑顔になりながらも瞳から涙を流し、「えへへ」と本当に嬉しそうに微笑んでいる。
(う、うわああああぁぁぁ! めちゃくちゃ嬉しそうにしちゃってるううううぅぅぅ! もうだめだぁ……おしまいだぁ……)
「そ、そっか……良かったね。これからはもう、僕と真中ちゃんは……家族同然の関係だっ!」
一人はもはや打つ手なしと悟り、涙目になりながらなんとか腹から言葉を絞り出し、真中のことを新たな妹として迎え入れるのであった。
「そ、そんな……まだ早いですよ……えへへ。で、でも嬉しいですっ……! ふ、不束者ですが、どうかよろしくお願いしますっ! ……か、一人……さん」
顔面からぷしゅ〜と湯気を発して茹で蛸のように赤くなりながら、嬉しそうにもじもじと悶える真中。
しかし、そのようなうら若き恋する乙女のような姿は一人の目には一切合切入ってこない。
――スキル【現実逃避】の効果である。
精神的ダメージを過多に負った一人は、現実世界から精神を切り離し、自分の世界へと閉じこもり、SAN値を回復させることに努めていた。
(……よし。もう動ける)
そしてなんとか行動に移せる分まで回復した時、一人の時間は動き出し、口を開く。
「……ふぅ。そういや数多遅いね。何処行っちゃったんだろうね?」
そもそも真中は一人の妹――数多に会いに来たのだ。
妹になりたての真中には悪いが、精神的ダメージが大きすぎる今日は、もう独りで静かに過ごしていたいと一人は思っていた。
なので数多に真中を押し付けて、自分は独りで部屋に篭り、精神統一をしようと思っていたのだが――肝心の数多がいつまで経っても帰ってこない。
「……私はこのまま二人きりでも良いですが」
(すみません。それは勘弁して下さい)
一人は「すっ」ともう少しで本音が出かけるところであったが、それ以降の言葉は喉の辺りでぐっとこらえて「そ、それもいいかもしれないけど、数多のことが心配でさ〜」と建前を述べる。
「……確かに心配ですね。まさか、また迷子になってるんじゃあ……」
「あはは。確かに昔はよく迷子になって、探しに行ってたなぁ。けど、もうそんな歳じゃないし、大丈夫……だよね?」
「大丈夫……ですかね?」
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「ママ〜。あの子だよ。公園で泣いてるの」
「あらあら……可哀想に……お嬢ちゃん、お家どこにあるか分かる?」
「ここどこおおおおぉぉぉ!? もうやだああああぁぁぁ! おうち帰りたいいいいいぃぃぃ!」