四話 ヒトリボッチと従妹 二
「……怪しい」
少女はある人物の後をこそこそと尾行する。
その人物とは、見た目は幽霊、中身はゾンビ、そして今現在友達ゼロの少年。
――名を保智 一人と言う。
高校卒業までの三年間、中学の頃とは打って変わって今まで大人しくしていると思っていたが、彼が高校を卒業した途端、この少女は身に覚えのあるような違和感を感じていた。
――また彼が何か“奇行”を起こす気なのだろうと、少女は直感で感じ取る。
「そうはさせないんだからっ!」
黒いサイドテールをふわりと揺らし、少女は意気込む。
身長百四十センチ弱、小柄で可愛らしい見た目の少女は、一人の後を追う。
学校が無いにも関わらず、一日で二回も一人が独りで出かけるなんてことは、今まで滅多になかった。
「……怪しい。怪しすぎる!」
朝にそそくさと出かけて行った時も不信に思ったが、お昼頃にそわそわと出かけて行った時、不信が確信へと変化した。
――何か良からぬことを企てているに違いない。
一人はこの数年間、休日にどこかへ出かけていくことなど滅多になかったのだ。
それが今日だけで一日に二回も外出するなどという異常現象が発生した。
そのことに対し、この少女は真夏に大雪が降るのと同じくらいの衝撃を感じていた。
――まさに異常気象。一大事。彼女にとっては世界の危機レベルである。
なぜ、この少女はこのように一人の生い立ちや動向に詳しいのか。
それは、少女が一人の熱狂的なストーカー――であるからではない。
少女が一人の研究家、専門家――であるからでもない。
そう、この少女こそ、見た目は幽霊、中身はゾンビ、友達ゼロ、妖怪ヒトリボッチこと保智 一人の妹。
名を保智 数多と言う。
そして、尾行して早々、一人の姿を見失ってしまうのであった。
「なっ……!? ちょ、ちょっと道端の猫に目を移しちゃった隙に、姿を消した!? な、なんてこと……! あたしの目を掻い潜るなんて……益々怪しいっ!」
バッドスキル【方向音痴(特大)】を持つこの少女は、一人を尾行するどころか、迷子になってしまうのは、あと少し先のお話――。
■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
ズシリズシリとまるで死刑台にでも上るかのように重い足取りで階段を上るぼっち青年、一人。
従妹の真中に対して「(友達として)一生付き合ってほしい」と告白したにも関わらず、見事に振られた悲しきオーラを背中より発しながらも、何とか自らの部屋の前にまで到着し、ドアをカチャリと開く。
(くそぅ……今日はもう休もう……色々あって、心労が半端じゃない……現在友達上限ゼロとは言え、休息は必要だ……また枕を涙で濡らそう……)
そう思いつつ、ベッドにボフリと前のめりに体を預けると――
「……一人お兄さんのお部屋、久しぶりに入ります」
「――っ!?」
慌ててバッと顔を入り口の方へと向ける。
するとそこには――少々恥ずかしげに頬を染めた真中がドアを開け、入り口付近でにっこりと佇んでいた。
「うおわああああぁぁぁ!?」
一人は思わずベッドから飛び起き絶叫する。
まさか真中が自分の後に付いて来ているとは思っていなかったからだ。
――一瞬本気で幽霊かと思ってしまったというのもある。
「きゃっ!? ご、ごめんなさい……入っちゃ、だめでしたか……?」
真中は一人の絶叫にびっくりして体を縮こめて怯える。
「――はっ!? ご、ごめんごめん。真中ちゃんだったか……びっくりした。幽霊かと思っちゃってさ」
「……? 私、お化けじゃないですよ……?」
きょとんと首を傾げて不思議そうに佇む真中。
日本人形的雰囲気を醸し出す大和撫子なこの少女は、間違いなく人気のない場所で夜に見かけてしまうと心臓が飛び上がる思いをするであろう。
――とは言え、「割とお化けよりな気がするよ」とは口が裂けても本人に言えないが。
「そ、そうだね。こんな可愛らしいお嬢さんがお化けなわけないよね。あはは……」
「……えっ? か、可愛い……ですか?」
「うんうん可愛い可愛い超可愛いよ!」
一人は本心を悟られまいと、強引に言葉を捲し立てる。
すると――
「え、えへへ……そっかぁ……可愛い……えへへ」
と言って、恍惚の表情を浮かべつつもじもじと悶える真中。
しかし――
(むむむ……友達になりたくない程嫌いなはずなのに、なんで僕の部屋に来たんだろう? あまりの嫌悪感から危険を感じて、様子を見に来たのかな?)
と、独り頭の中で考える一人の目と耳には、その情報は一切入ってこなかった。
ぼっちは現実から目を反らし、自分の世界に閉じこもることが出来るスキル、【現実逃避】が使用できる。
なので、周りからの言葉や視線を一時シャットアウトすることくらい、一人に取っては朝飯前だった。
「「…………」」
しかし、ふと現実世界に戻って来てみると、なにやらそわそわとした真中がチラチラと入り口付近で一人のことを盗み見ているということに気づく。
(う〜ん……どうしよう……向こうは僕のこと視界に入れてなきゃ安心できないみたいだし、追い返すこともできない。かと言ってずっと入り口付近で立たせるのもなぁ……むむむ、悩んでも仕方なし。ここは一つ、勇気を出して――)
「「あの……」」
すると、二人同時に声をかけてしまう。
二人は「ハッ!」とした表情を浮かべ、どちらともまた黙ってしまう。
(く、くそぅ……もう一回!)
「「えっと……」」
しかし、またしても被ってしまう。
「「……どうぞ」」
譲歩の言葉でさえも丸かぶりしてしまい、このままでは先に進めないと察した一人は覚悟を決める。
「……ま、真中ちゃん!」
大きな声で真中の名前を叫ぶ。
いなり自分の名前を叫び出す者はなかなか居ないだろうと思ってのことだった。
――流石にこれがかぶることはなかった。
「は、はいぃ!」
真中は少し驚いた表情を見せ、少々怯えながらも返事をする。
「あっ! ご、ごめんね? 驚かせるつもりはなかったんだけど……その……良かったら……あ、本当に良かったらで良いんだけど、そこの椅子に座って一緒にお話しとか……どうかな?」
そう言って一人は勉強机に備え付けてある椅子を指差す。
「――えっ? い、いいんですかっ!?」
すると真中の表情がパッと花でも咲いたかの如く煌びやかなものへと変わる。
――そんなに椅子に座りたかったのだろうか。
「ま、まぁ……真中ちゃんがいいなら――」
「ぜひっ! お願いしますっ!」
「あ……そう……」
(そんなに立ってるのがしんどかったのかな? 昔は一緒に走り回ってたし、もっと体力あったと思うんだけど……)
真中は半ば食い気味に一人の提案を飲んだ後、恐る恐る一人の部屋を一歩二歩と踏み歩き、勉強机の前に来てそっと椅子に手を伸ばす。
「……一人お兄さん、お友達が欲しいんですか?」
すると真中が何故かいきなり一人の核心に迫ってくる。
「……へぁっ!?」
一人は思わずどこから出たか分からないような声音を発してしまう。
――いきなり核心に迫られたのだから仕方がないことだろう。
しかし、一体なぜバレてしまったのだろうか。
「ど、どどどどうしてそれを?」
「いや……机に本が一冊置いたままで……」
「……ハッ!? そ、それは……!」
その答えは一人の机上にあった。
そこには一冊の本が置かれたままであった。
それは今朝買って来て、今日の昼くらいまでずっと一人が読み更けていた本。
そう、それは一人の人生のバイブル――【友達の作り方】だった。
(し、しまったあああああ! バイブル出しっぱなしだったあああああ! は、恥ずかしいいいいいい!)
一人はこの上ない羞恥に顔を真っ赤に染め、「うおおおおぉぉぉ」と頭を抱えて悶えていた。
このような本を見られてしまっては、真中には全てバレてしまっているだろう。
――一人が真中に友達になって欲しくてたまらなかったということが。
「お、お兄さん?」
真中が心配そうに一人の様子を伺っている。――しかし、一人には別のビジョンが浮かび上がっていた。
(あぁっ……! 見える……見えるっ……! 僕のことを……ゴミを見るかのような眼差しで見つめる真中ちゃんが……!)
先ほど玉砕した相手にこのようなことを知られる恥ずかしさときたら、たまったものではなかった。
故に一人は種族【ぼっち】が保有するスキル【現実逃避】を暴走させ、バッドスキル【被害妄想】を発動してしまう。
(「私とお友達……? ははっ! 冗談もほどほどにしてください。私は数多ちゃんに会いに来てるだけなんです。貴方なんて、数多ちゃんの周りで飛んでる鬱陶しい小蝿にしか過ぎません。そんな本読んでも無駄ですよ。あなたは一生友達が出来ないまま――独りぼっちのままです。……一人お兄さん(笑)」
「ぐふぉぁ!? そ、そんなっ!? うわああああぁぁぁ!」)
「――一人お兄さんっ!?」
「……ハッ!?」
しかし、一人の目前で屈んで心配そうにしている真中の呼び声により、一人はなんとか一命を取り止める。
――あのままあの世界に居たら、悲しさのあまりに血涙を流しすぎて、出血多量で死んでいたことだろう。
「お兄さんっ! 大丈夫ですかっ!? ……すごい汗。これ、使って下さい。なんだか目が虚ろで、返事がずっとありませんでしたけど……」
「あ、あぁ……ありがとう。真中ちゃんのおかげで戻ってこれたよ……」
「……? どこに行ってたんですか?」
「……辛い“非”現実世界に囚われるところだったよ」
冷や汗でびちょびちょになった顔面を真中から手渡されたハンカチで拭い、一人はなんとか落ち着きを取り戻す。
「……ありがとう。ちゃんと洗って返すよ」
「……い、いえ、大丈夫です。こっちでちゃんと、洗濯しておきますから」
「本当? いや、でも悪いよ。汚いし」
「悪くないです。汚くないです。このくらい、全然平気ですから」
真中は笑顔でそう対応してくれる。
普通びちょびちょの汗を拭いたハンカチをそのまま返すようなことはしたくないのだが、真中は如何せん言っても聞かない雰囲気を醸し出している。
ここは真中の優しさに甘えることにして、一人は真中にハンカチを手渡す。
(しかし……非現実世界の真中ちゃんは鬼畜外道だったけど、現実世界の真中ちゃんは優しいな。こんな汚物を拭いた物を受け取ってくれるなんて……もう真中ちゃんには正直に話しちゃおうか。中学のことも含めて)
思えばまだ中学時代の奇行について弁解することが出来ていなかった。
一人はそれと一緒に真中にちゃんと説明することにする。
――友達が欲しいと思い至った経緯について。
「……真中ちゃん。さっき君が言っていた通りだよ。僕は友達が欲しくてしょうがないんだ。というのもね――」
一人はあの悲惨な小中高時代を、真中に全て語り出したのだった。