十三話 一章エピローグ
〜あるヒトリボッチの男性〜
いよいよ大学入学まで一週間を切った今日。
彼は大学生活で友人を作るための予行演習を繰り返しつつ、今までの人生を振り返り、「……ほんと、今までずっと独りぼっちだったなぁ」としみじみと思う。
忘れ去りたい過去は、忘れられることなく、まるでついさっき起きたことかのように、一人の精神をむしばむ。
思わず涙が溢れそうになる一人だが、彼ももうすぐ大学生。
――そう、この時こそが人生の転機なのだ。
今まで独りだから出来なかったあれやこれやを、大学で友人をたくさん作り、一緒に豪遊しまくろうと高を括り、涙を堪える。
彼はバイブル――【友達の作り方】を手に、いよいよ発起する。
「この十年の経験により、もはや僕は人生二周目と言っても過言ではない……目指すは友達百人だ! 頑張って作るぞ!」
――これを見ている読者の皆様がご察しの通り、彼にはそう簡単に“友達は”出来ないのだが、彼が今それを知る術は無い――。
「……ところで、さっきから妙に寒気と暑さが体に襲いかかってくるんだけど、風邪かなぁ……?」
彼はそう独り言を呟き、ぶるりと軽く身震いを起こしながら、「……今日は早めに寝よ」と部屋を暗くし、眠りへとつくのであった。
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〜ある恋する乙女〜
彼女は“それ”を満足のいくまで眺め終えた後、それはもう大切そうに大切そうに密閉袋へとしまう。
「あぁ……一人さん……」
それは、黒いバラの髪飾りであった。
袋越しにも見つめ続け、数年ぶりに彼が好意でくれたものに対して、今まで閉じ込めていた思いが溢れかえり、瞬時に幸福感に包まれ、思わず身震いを起こす。
以前彼から頂いた髪飾りも、同じく密閉袋で個別に包装し、ちょうど良いサイズの木箱へと個別に保管していたため、殆ど劣化していなかった。
これは彼女にとって、正に宝物を入れる宝箱なのである。
一途に思う相手からの贈り物をずっと大切にし続ける――まるで恋する乙女のように、なんとも甲斐甲斐しい一面を見せる彼女。
「……以前無理を言って頂いた、一人さんの汗が染み込んだハンカチも見ようかな」
そう言って、髪飾りの入った袋を木箱にしまうと同時に、別の木箱を取り出す彼女。
彼女が彼から貰った物が一つずつ入った木箱は――本棚の一部を占領する程――数にして十数個に及ぶ。
彼女は満足そうにそれらのコレクションを眺める。
「うふふ……これからのことを考慮して、棚の整理――いっそのこと、新しいの買ってもらおうかな」
ふんふんと鼻歌を鳴らしつつ、取り出した木箱をぱかりと開け、じぃっと音を立てて袋からハンカチを取り出し、大切そうにちょこんと掌へと乗せて四方八方から眺める。
「はぁ……微かに香る一人さんの香り……幸せ……」
想い人と過ごした情景を頭に思い浮かべつつ、トロンと表情を緩ませ、恍惚とした笑みを浮かべる、なんとも幸せそうな、普通の少女(?)であった。
「うふ、うふふふふ!」
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〜あるヒトリボッチの兄の妹〜
「……やっぱり、いくら調べてもだめかぁ」
自室のデスクトップパソコンのキーボードやマウスをカチカチと鳴らし、調べ物に徹する彼女。
「はぁ……血の繋がりがあるだけで、こんなにめんどくさいとはね」
彼女が調べていた検索事項、それは――
【兄妹婚】についてであった。
兄妹婚は、れっきとした犯罪である。
血のつながりのある者同士の結婚はどの国においても認められるものはなく、従兄妹ならまだ認められるといった国でも少ない程だ。
「……それもこれも、性欲の発散のためだけに、家族を襲う馬鹿で不埒な輩共のせいなのよ」
彼女は苛立たしい雰囲気をおくびも隠すことなく、乱暴に椅子の背に全体重を預け、ギィと音を立てて軋ませる。
「馬鹿な奴が馬鹿なことをしないように勝手にルールを決められて、馬鹿じゃ無い奴まで息苦しくさせる世の中……はぁ、嫌だ嫌だ」
どこか達観した様な意見を出しつつ、体を起こして両肘を机につき、自重を椅子から机へと移動させる。
「でもま、あたしも大人になったことだし、別に世間に認められなくてもいいんだけどね。やりようはいくらでもあるし」
そして、彼女は頬を綻ばせながら、彼が居るであろう方向へと熱のこもった視線を送る。
彼ははっきりと言ってくれたのだ。
――この想いが間違っている訳ないと。
彼女はこの言葉を聞いて、救われたと同時に、非常に嬉しかったのだ。
今まで思い悩んでいたこと。
それは――
実の兄に対する恋心についてだ。
小さな頃に彼と交わした約束の内容――「真中と仲良くしてあげて欲しい、そしたらお礼に僕がお前と結婚してあげる」という内容。
当時の彼女は大変喜び、その約束をひたむきに信じていた。
しかし、時が経つにつれ、兄妹婚は犯罪――間違ったことだという認識が、世間のルールを知る事により、段々と強まっていった。
――それどころか一般の家庭では兄や妹を男女として見ないのが普通であるということに対して驚きもしたものだ。
周りの意見も「は? 兄貴? ないわ。男としての魅力ゼロ」「妹? ないない。さっさと誰か貰ってくれ」という意見が殆どであった。
なので、彼女も世俗に則り、これ以上恋の芽が大きくならない様に彼との接触を拒み、数年間生き続けていたのだが――。
「……あんたも本気なのね。あたしと同じ様に」
それでも微かに彼のことを信じていた彼女は、あの女性と親友を演じ続けていたのだ。
――そして、その約束は未だに有効だとつい先日知った。
暖かく、熱い視線を送り続け、満足したところで――
「さ〜てと、そんじゃあちゃちゃっと真中と仲直りしますか」
スマホを開いた彼女は真中と仲直りするべく、トークアプリを開く。
「……げっ、真中と仲良くするってことは……一人と付き合ってるっていうあの子の妄想にも付き合ってあげないといけないのよね……うわ、面倒だわ……」
別に残酷な事実を伝えてやっても良い。
一人はお前と付き合っているわけではなく、障害を乗り越え、世間の目を顧みずに自分と生きていくことを既に決断しているのだと。
だが、そうなると真中はショックを受け、一人はおろか数多との接触でさえも拒んでしまう危険性がある。
――それはまずい。
あの約束を果たすため、それだけは何としてでも阻止しなければならなかった。
「はぁ」とため息を一つ吐き、非常に面倒そうに乱雑に通話ボタンを押す。
「……まぁ、あの子の妄想に付き合ってあげるのも、約束の内よね。それにあたしがちゃんと監視してれば間違いも起こらないだろうし」
トゥルルと通話音が鳴り、相手が電話に出る前――
「……あたし、ちゃんと約束は守るから。あんたも守ってよね? 一人」
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※これまでの主な登場人物たち※
保智 一人
種族:妖怪ヒトリボッチ
見た目は幽霊のようなものからマッシュショートヘアのイケメン韓流スターみたいな風貌へと変身。
小中高と穿った価値観を抱いていた為、殆ど独りぼっちで過ごしてきたかわいそうな奴。
これという特技も趣味もなく、強いて言うなら夜寝る前に友達と遊んで幸せな日常を送る妄想をすること。
これと決めたことはしばらくの間あきらめず続けられるのはいいところかもしれない。
長年のぼっち経験により、【現実逃避】、【被害妄想】、【孤独範囲】等のスキルを会得している。
大学デビューを果たすために、バイブル(友達の作り方)を片手に奮闘しているのであった。
中州 真中
種族:一途な恋する乙女(仮)
黒髪ショートボブの日本人形的雰囲気を醸し出す少女。
背後に立たれると、思わず身構える。
一人の幼馴染。
一人の妹である真中とは小さな頃からの親友である。
思春期の頃、自身が一人に対して抱く恋心に気づき、以降気恥ずかしさから忌避するように。
一人が高校卒業後に仲直りし、なんと夢にまで見た恋人関係に?
基本常識人であるが、今までため込んだ分なのか、変態的行動を取ることもあるとか……。
趣味は宝物(一人の贈答品や所有物等)を眺める事。
特技は勘が鋭いこと。
保智 数多
種族:つんでれブラコン
黒髪サイドテールの小柄な少女。
中学生はおろか、小学生に間違われることだってある。
外面は今を時めく女子高生。
友達もたくさん居て、一人とは違ってしっかりリア充。
ただし、内面は一人一筋。
だが、世間一般の知識を得るにつれ、その思いは間違っているのだろうと思い、以降は一人のことを忌避するように。
それでも小さな頃からの約束を少しは信じ続け、その結果ついに想い人と結ばれることに?
趣味は兄(一人)の観察。
特技はパソコンやスマホ等に詳しいこと
※登場人物たちの関係※
一人 → 真中 = 従妹だけど妹?
一人 → 数多 = 妹
真中 → 数多 = 一人の妹 = 自分の妹
真中 → 一人 = 恋人
数多 → 真中 = 親友(約束のために演じている)
数多 → 一人 = 一蓮托生
一年経ってようやく一章が終わると言う、超亀進行です……。
いつまでも大学デビューしないので、このままだとタイトルやタグ詐欺になっちゃいますね……。
……ただ、残念ながら話のストックはゼロです(爆)。