姉の尻拭いは妹にお任せを。
覚えている方はお久しぶりです。
数年前に書きだめていたこの作品を修正などを加えましてようやく投稿できます。
多くの皆様からご要望が多かった愛され小悪魔桜ちゃんのお話です。
「なんであんたが追いかけてくるのよ!」
普段自分の幼馴染がいる前では決して聞くことがないであろう甲高い声を、荒々しく私にぶつけてくる。かといってそんなくだらない文句にこの私が傷つくはずもなく、中学生のころから伸ばしていた長い黒髪をバサッと手で肩から落とす。
「あら、それとも誰にも追いかけられずに一人でノコノコ帰るのがあんたにとってお似合いってこと?」
対してこちらも普段の日常生活では滅多に使わない―――自分の姉の前では余裕で使うが―――態度で応戦する。もっとも、私は彼女と違って慈悲の気持ちで彼女に手を差し伸べているつもりなのだが、まあ相手はバカだしすぐには気づかないだろう。ましてやたった今好きな人にフラれて、挙句その好きな人は自分より8歳も年上の、しかもその恋敵の妹が追いかけてきた、なんて。一人でノコノコ帰ったほうがまだましだったかも、なんて今更考えてみる。
「頼んだ覚えはないわよ!」
「まあ、あんたには多少悪かったかなとは思ってる。部外者の私があんたを陥れようとしたのは事実だし」
「何?今更謝ろうって!?遅いわよ!」
「いや別にあんたがどうなろうが知ったこっちゃないけどさ、とりあえず話だけ聞いておいてあげようかなって」
あそこで、と指さすのは、近くの小さな公園。ブランコとシーソー、アスレチックなどがあり、昼間は近所の子供たちの遊び場として使われている。
クリスマスの夜にJK二人が公園に行く、なんて少し笑ってしまうが、まあ誰もいないのだからちょうどいいのかもしれないと提案する。多少嫌な顔はされたが、どちらかというと私の行動に驚いているようにも思えた。恐らく私と一緒で女の友達が少ないのだろう。
二人並んでブランコに腰を掛けるが、お互い話さなくなってしまったので仕方なく話を切り出してみる。言葉と共に口から出て行った息が、寒い冬の空に溶けた。
「んで、私にはあのヘタレな真島くんにあそこまでご執心になる理由がわかんないんだけど」
「あんたになんかわかってたまるかアバズレ。樹は私にとって王子様だったんだから」
「高校生になってまで王子様とかリアルに言う電波系の女って実際にいるんだ、びっくりだわー。てか質問に答えてくれるかな厨二女」
「あんたその二面性どうかしてんじゃないの気色悪!…ずっと一緒にいたから、これからもずっとそうだと思ってたわけ」
いちいちお互いの悪口を挟まないと会話が進まない私たちに、この場で誰一人として突っ込む人間がいない。例えばここに姉か真島くんがいたら「そのへんにしときなさい」というか、後者のやつにいたってはドン引きして「小崎さん…?」とか疑いだすかもしれない。
何はともあれ、まあこの幼馴染女が真島くんのことを好んでいたのは事実で、それをひけらかすように学校内で彼を連れ歩いていた。やれ学校案内だ、放課後ゲーセンだ、家庭訪問だなんだと理由をつけては、周囲に相思相愛のカップルのように演じていた。
私としてはそのへんが気に入らなかったのだけど。
「だいたいあんたやり方が回りくどいのよ。仮にも真島くんの幼馴染でしょ?外堀埋めようと頑張ったところで気づいたら埋めたはずの外堀ぶっ壊してくるような意味わかんない動物だってこと知らなかったわけ?」
「そこが樹のいいとこじゃない。っていうか正直もう少し成長してると思ったのよ…なんで樹の心の成長小学生で止まってるわけ?」
「でも女の好みは社会人並みよ」
「変なところ成長してる!!」
もはや幼馴染のよくわからない変貌に頭を抱え始めた彼女の肩をポンと叩いてやるがはたかれてしまった。この女殺す。
だが、幼馴染というポジションは、いろいろな少女漫画などを読んできて思うが、恐らく最も恋愛に近いもので最も恋愛から疎遠になる存在なのだと思う。まあわかりやすい「いつまでも幼馴染じゃいやだ!」という女と「幼馴染は恋愛対象にならない」という代表例だったのではないか。
「今回は運がなかったってことでしょ」
「何それ、あんた私のこと慰めてんの?」
「それにこの世のに男何人いると思ってんの?35億よ35億」
「ちょっと本気であんた慰めてんの?つかネタ古い」
キィ、とその質問には答えずブランコを徐に漕いでみる。
帰ったらまず何しよう。とりあえずお姉ちゃんにはおめでとうのメールを送って、そのあとはクラスで行われているクリスマスパーティーに行くか、それともおとなしく家に帰るか。
どちらにせよ、この判断は隣でグスグス泣きべそかいているこの勘違い幼馴染女次第である。
「あんたどーすんの?その状態でパーティーいけないんじゃない?」
「行くわけないでしょ!私一人で行ったら樹にフラれたみたいじゃない!」
「いや、みたいも何もあんたフラれてるからね」
「行きたかったらあんた一人で行けば!」
何となく行く気はなさそうというのはわかっていたので、仕方ないと私も腹をくくる。毎年クリスマスはお姉ちゃんを含め家族と一緒にいたけど、今年はあきらめようと考えた。
「行かないよ。それよりこれからあんた時間ある?」
「何それ嫌味?フラれた人間に時間があると思う?」
「んじゃあ手っ取り早く、どこか行こうよ。女二人でクリスマスも悪くないんじゃない」
「はぁ!?なんで私があんたなんかと!」
「別に、私あんたのこと嫌いじゃないし。…行くよ、梨奈」
「ちょっと、勝手に人の名前呼ばないでくれる!?」
別に、これは単なる気まぐれ。決してこの女に同情したとか、ましてやあのおバカで優しい姉だったらどうするかな、とか。そんなこと考えたわけじゃない。
ましてや、フラれた人間の相手なんて、めんどくさいだけじゃない。
クリスマスを女二人でぎゃーぎゃー喚き散らして数日後、人生一番の幸せです、という顔をした男と女を前にしてため息をつく。
とある有名なチェーン店のファミレスで、3人でお昼をともにしていた。大好きなイチゴパフェを頬張りながら、目の前の―――恐らくテーブルで隠れて見えないが下で手を繋いでいるであろう―――姉とその彼氏の真島くんの様子を見つめた。
「とりあえず、二人とも私に言うことは?」
「…お騒がせしました小崎さん」
「今日もかわいいね桜ちゃん」
なんか違う。が、別に悪い気はしない。
はぁ、とこれ見よがしにため息をつくと、真島くんは気まずそうに目線をそらした。姉に至ってはそんな私もかわいいと褒めちぎる。悪くない。
「ていうかなぁに、付き合って数日のカップルがデートするのに妹も必要ってどういうこと?まさかまだ年齢気にしてるんじゃないでしょうね」
「いやまぁ気にならないこともないんだけど、今日は改めて桜にお礼がしたかったのよ」
ため息交じりにそう疑問を口にすれば、姉が困ったように笑いながら返事をする。その隣でうんうんと頷いている真島くんもいるので、恐らく二人で話し合った結果なのだろう。
「まあなんでもいいけど。それよりお姉ちゃんも真島くんも梨奈とはどうなわけ?…あ、私チョコパフェも食べたい」
「小崎さんが梨奈と仲良くしてるからかわかんないけど、あれ以降特にべったりっていうのはなくなったよ。…本当に容赦ないね」
「本当に桜には頭が上がらないわ。…好きに食べていいからね桜ちゃん!」
二人の言葉にそうだろうな、と心の中で相槌を打つ。
実際学校では、梨奈は私とつるむようになったし、私の根回しのおかげで女子の友達もできるようになった。今までは真島くんガチ勢だったせいか、女子からは良い雰囲気で見られたことなかった彼女も、私と一緒にいることが周りの女子から好感を持たれたらしく、今ではクラスのちょっとわがままな女の子ポジションだ。
それもこれもみーんな私のおかげだということをあの梨奈も知るべきである。
「んで、今日は私の買い物に付き合ってくれるんでしょ?お姉ちゃんのおごりで」
「当たり前じゃない!可愛くて優しくて自慢の妹のために何万でも使うわ!」
「雪乃さん、何万も使っちゃだめです!」
イチゴパフェもチョコパフェの平らげた私を前に、少し焦った真島くんの声が聞こえたが気づかないふりをした。
ファミレスから近くのショッピングモールに場所を移し、お姉ちゃんは財布、真島くんは荷物持ち係として働いてくれている。今さっき買ったワンピースが売っていたショップを出て、次の10軒目となるお店を探すべくきょろきょろとあたりを見渡す。
さすがに後ろに控えている真島くんは疲れてきているのか、どこかげっそりとした表情だ。対して隣を歩くお姉ちゃんはファミレスから今に至るまでもともと血色の良かった顔をさらに血色良くさせて…つまり楽しそうだ。
「お姉ちゃん、次私化粧品みたいんだけど」
「桜ちゃんは化粧しなくても可愛いのに。化粧したらどんどん可愛くなるからいいけど」
「そうでしょ?とりあえずおすすめの化粧品教えてよ」
「もちろん!なんならタッチアップしてもらう?」
後ろで長くなりそうというのを察したのか、真島くんが小さく「う、」とうめいたのが聞こえたが気にしない。今日は私が一日お姫様なんだから。とりあえずお姉ちゃんの提案に了承しつつ、後ろを歩いている真島くんに振り返った。
「真島くん、化粧してるとこを女の子が見られたいと思う?」
「いや、俺もあまり見ていたくない」
「じゃあその荷物ロッカーに置いておいていいから休憩してなよ」
「え、でも、」
「やることやったら?男でしょ?」
暗に、「お姉ちゃんに何か贈り物でも買ってやれ」と伝えたのだが、果たして彼に伝わったかどうか。だが、すぐにハッとした顔をして小さく「ありがとう」と呟いた彼のことだ、センスはなさそうだけど、きちんと姉のことを想って何か買ってくるだろう。
また罪深い人間を救ってしまったな、と軽く梨奈のようなことを考えていた私に、隣からクスクスという笑い声が聞こえた。見ると、姉がニコニコとこちらを見ているではないか。
「え?」
「ふふ、桜は本当に良い子だね」
ぽんぽん、とまるで小さい子をあやすように私の頭をなでる姉。その行為に若干恥ずかしさを覚え、「やめてよ」というがやめない。
「気を使わなくていいのに」
「…お姉ちゃん、わかったの?」
「そりゃあ、桜や真島くんより多く生きてるからね」
社会人なめないでよ?と歯を見せて笑う姉に少し驚いた。いや侮っていたわけではないが、あれだけ真島くんと付き合うことに対して弱気になっていた姉が、やはり自分よりも上の、大人の女性なのだということを再認識した。
「…お姉ちゃんって、昔からそう」
「え?」
「おバカなのかあほなのかわかんない」
「えぇ、どっちにしても貶されてる」
ニュアンス的にはアホのほうがいいのかなぁ、と真面目に考え始める姉を置き、さっさとコスメのショップに入っていった。
それからしばらくして、十分に化粧品を買い、タッチアップも含めて綺麗に仕上がっている私の顔はいつも以上にかわいらしかった。自分で言うのもあれだけど、これなら高校生ではなく大学生や社会人と思われてもおかしくない。
現にショッピングモールをうろついていた芸能人スカウトの人にも声をかけられた。もちろんお断りしたけど。主にお姉ちゃんが。
そうしてそろそろ日が落ちてくる、という時間になった頃、私もそろそろこの新人バカップルを開放してやろうという気持ちになった。
「んじゃ、あとは二人でごゆっくりどーぞ」
「ええ?私はまだ桜といたいんだけど」
「お姉ちゃん、そういうセリフは彼氏がいないとこでね」
「よし、じゃなくて、そうだね、そろそろ二人で…じゃなくて、いいの小崎さん」
「真島くん疲れすぎて本音なのか建て前なのか区別がつかなくなってるよ」
私もそろそろこの真島くんの二人きりになりたいオーラがめんどくさくて仕方なくなってきたので、さっさとこいつらを野に放つ。…話した途端手を繋いでラブラブになるあたり溜まってたんだな、と認識するが、悪いとは思ってない。
さて、一人になってしまった私はいったいこれから何をするのか。
まあ、どこまでいってもあのお人好しな姉を持つ妹なのだから、また面倒ごとに首を突っ込むわけなのだけど。
「こんなところで一人でうろつくとか、非リアですかぁ?」
近くのコーヒーショップに寄ってフラペチーノを頼み、カウンター席を探していると、そこには見知った背中が。その背中は依然見た時と同じように私服だ。といっても、今日まで碌に話したのは1回しかないが。
「……雪乃の、妹?」
そこにいたのは、姉の同僚の、立花とかいう男だった。
私は姉御肌なのかもしれない。
そう思った直後には、隣からまたため息が聞こえる。言わずもがな、いい年した男性の情けないため息だ。いわゆる梨奈の男バージョンなわけで。つまり姉にフラれた。といっても話を聞く限り告白はしてないらしい。
「告白してないんじゃ、最初から土俵に上がってないんじゃないですか」
「…あのな、お前らJKみたいにやれかっこいいだのやれかわいいだのそんなポンポン言葉が出せるわけじゃねぇの」
「知りませんよ、それをかっこいいと思ってるのがあんたら大人なんじゃないですか」
「…お前ほんと雪乃そっくりだな」
「そうです?私あそこまで鈍感でおバカさんじゃないですよ」
あと顔も私のほうがかわいいし、と付け足すと小さく笑われた。
別に笑うとこじゃないんだけどな、と思い、意気消沈している男を一瞥する。
初めて会った時―――高校の文化祭にお姉ちゃんと一緒に来ていた時―――にも思ったが、この立花とかいう男は随分顔がいい。私が大人の女性だったら一発で狙いを定めるだろう。均整の取れた顔立ちに、この高い身長。さぞや社内ではおモテになられるんだろうな、と考えつつフラペチーノを一口飲む。
「てか、そんなにショックならとりあえず想い伝えてみたらどうです」
「バカ言うな。そんなことしたらあいつ悩むだろうが」
まあ、確かに。姉から聞くこの人の話から察するに、随分仲がよさそうだ。それこそ、姉の彼氏と思うくらいに。
きっと真島くんからの私であるように、彼サイドには多くの同僚たちが彼の恋心を応援していたのかもしれない。ただ今回は相手が悪かった。私が真島くんサイドについてしまった。
「文化祭から何か進展してるかと思えば、名前呼びくらいで…中学生かなんかですか?」
「うるせぇな、俺は自分から恋したことねぇんだよ」
そうだろうな、とまた一口飲みつつ、「うざ…」と本音を漏らせば舌打ちが聞こえる。
文化祭でこの人をお姉ちゃんから引きはがした時、少しだけ彼の話を聞いた。といっても、私が彼に「お姉ちゃんのこと好きなんですか?」と聞いたら「そうだ」と答えられたくらいなんだけど。でも、その時にお姉ちゃんのことを名字で呼んでいたことや、お姉ちゃんとの絡みを察するにただの片思いであることは容易に想像できた。
「…で、随分お姉ちゃんにご執心だったらしいですけど、これからどうするんです?」
「どうするって、」
「虎視眈々と狙ってないんですか、姉のこと」
私の言葉が意外だったのだろうか、目を大きく開いた彼にくすりと笑って見せる。それは「狙っていいのか」という疑問を表していた。
「別に、そこは立花さんの気持ち次第でしょ」
「お前は、真島を応援してるんじゃないのか?」
「はぁ?私はほかの誰でもなく姉の幸せを応援してるんですよ」
そう、私が姉を悪者にしようとした時も、ずっとずっと前に海でおぼれそうになった小さい私を小さい体で救おうとしてくれた時も、姉は私のそばにいてくれたから。
だから、姉がシスコンであると同時に私もシスコンなのだ。
「正直、今有頂天になってる二人ですけど、しばらくしたらまた年齢のこと気になりますよ」
「……」
「私、敵認定したら早いですよ。どうやって敵認定すると思います?」
「雪乃を泣かせたら、だろ」
「察しが良くて助かりますー」
ニコ、と姉が褒める天使の笑顔とかいうやつで彼に笑いかける。大体の男の子がこれに落ちるのだけど、さすが姉に惚れているだけの男、なんとも思わないらしい。
まあこんなんで揺らいでいるような男、お姉ちゃんとは接触させないけどね、と最後の一口を飲み干す。
「お前、好きな奴いないの?」
「なんですか、JKと恋バナしたいんですか?」
「別に、興味本位」
「そうですねぇ、私のお眼鏡にかなう男なんてそうそういませんからね」
お姉ちゃんが男にでもならない限りそんなことはなさそう、と心の内で足しておく。
でも考えてみたら、私もこの男同様、自分から恋したことはないのかもしれない。いつだって姉の後ろを歩いては、姉の笑顔を見てきたから。姉の背中を見て、振り返るのを待っていたから。
「…ま、お姉ちゃんみたいな人がいいです」
「姉妹揃ってシスコンとか手に負えねぇわ」
「結構です」
「お前の言う通り、虎視眈々と狙ってみるよ。妹のお前から見ても、雪乃と俺、お似合いだろ?」
それは、あの文化祭の時から思っていたこと。
にぱっと人懐っこそうな笑顔をこちらに向けるので、そっと目線をそらす。
そうだ。年の差や関係性を考えたら、きっとここまで極上に姉と似あう男はないだろう。ましてやフラれてもなお、泣き寝入りすることなく立ち向かおうとしている。ここまで愛されているのだ。
「…姉が、羨ましい」
「あ?」
「そういう気持ちで私、一回姉を陥れようとしたことがあるんです」
思い出すのは、自分でも最低だと糾弾したいあの夏の出来事。あれを機に真島くんと姉が出会ったわけだし、二人にとってはいい思い出なのかもしれない。
でも、私にとっては忘れたい過去であって、絶対に心にとどめておかなければならない罪。世界で一番好きだったはずの姉に、嫌がらせをした。そのことを謝った時、姉は笑って許してくれた。むしろわだかまりがなくなるいいきっかけだったと言った。それすら、羨ましいと思う。
「今はもう陥れようとか思ってないんですけど、勝てないなって」
自嘲気味に笑い、空になった紙製のコップを自分の手でもてあそぶ。それをじっと見られ、何となく恥ずかしくなりうつむいた。
何かしら「大丈夫か?」みたいな慰めが来るんだろうな、と思っていた。ましてや冗談だろ、みたいに笑い飛ばすようなこともないと思っていた。
だから。
「…お前、さっき姉のことばかだのアホだの言ってただろ」
そんな奴が何勝てないって言ってんだ。
まさかこんな風に鼻で笑われるとは思っていなかった。
「はぁ!?」
「いやなにいい雰囲気にしようとしてんのかわかんねぇけどさ」
「悩める可愛いJKを前にしてそれはないよおじさん!」
「てめぇいまオジサンって言ったな!?お前の姉もおばさんだけどいいのか、ああ!?」
ただのJKじゃないから、超絶美少女が哀愁を漂わせているにも関わらず、鼻で笑うは挙句の果てにはバカにしてくる。こいつ男じゃない。
ぎりぎりと隣の社会人を睨みつけるが、当の本人はどこ吹く風。恐らく冷め切っているであろうコーヒーをズビ、と飲んだ。
「マジ最低だわこのおっさん」
「ったく最近の若いやつは口の利き方がなっちゃいねぇ」
「うっさいおっさん」
「…まあ、なんにせよ、さ」
不意に、そっぽを向いていた私の頭に何かが乗る。驚いて男と目を合わしその黒い瞳を見つめる。その目の穏やかさに一瞬目を奪われた。
「な、に」
「可愛いよ、お前。多分雪乃より」
そんなの、当たり前じゃない。とか。何をいまさら。とか。
ありきたりの常套句は、頭から消えた。見たことない表情と、聞いたことない優しい声音は、私の神経を揺さぶった。
「は、バカじゃん」
そんな子供っぽい返ししかできなかった私の口元は、思わず緩んでいた。
「さすが社会人、ケーキ三つも買ってくれるなんて」
「お前マジ食べすぎ…」
午後7時ごろ。そろそろ帰ろうという雰囲気になり、二人でそのコーヒーショップを出る。自分が普段より少し派手な化粧をしているせいか、店のウィンドウに移った自分たちは、大学生か社会人の恋人にしか見えない。それくらい、私たちは美男美女として映っていた。といっても、実際私たちの間には8年という大きな差が存在している。
「しばらくは感傷に浸ってるつもりだ」
「男がウジウジしてるなんてかっこ悪い」
「そういうところにひかれる女もいるんだよ」
「へぇ、趣味悪い」
軽口を叩きあいながらも、男は私を家まで送っていくことを提案してくれた。もちろんそれを無下にするほど私はお高く留まっている女でもないし、変に遠慮深い女でもない。
当たり前でしょ、と軽くエスコートさせる。
帰路でも、彼との会話は尽きなかった。基本は姉の話になったが、高校の話を中心に広がっていく話題は、クラスの男のことはできないものだ。それは相手が大人だからだろう、こちらに配慮した話し方はとても好印象だ。ますます姉とお似合いという気持ちが膨らんでくる。
でも、でもきっと姉は。
「そろそろか」
「そうですね、送ってくれてありがとうございました」
「いや、お前ひとりで返したらそれこそ雪乃に怒られる」
「…あの、立花さん、」
声をかけた瞬間、しまったと自分でも思った。
次に出す言葉を決めていなかった。でも、帰ろうとしていたところを呼び止めてしまった手前、なんでもないというのは少し気が引ける。
整理し終わっていない頭をフル回転させ、何とか言葉をひねり出す。
「あ、の。頑張ってくださいね」
「あ、ああ。なんか素直に言われると照れるな」
「あ、あと…あ、電話!電話番号教えてください」
「え?なんで」
「それは…ほら、私協力できるかもしれないじゃないですか」
「ああ…確かにお前がいれば百人力だな」
「ええ。だから、メールでもいいですけど」
「いや、とりあえずどっちも」
スマホを取り出し、ポツポツと彼の電話番号とメアドを打つ。
メール交換のために空メールを送信する。次いで教えてもらった電話番号に電話をかけ、耳にスマホを当てた。すぐに私からの着信が届き、彼も癖なのか、思わずスマホを耳に当てる。じ、と彼の黒い二重の瞳を見つめると、彼もまた私を見つめた。沈黙が、なんだか心に衝撃をドキドキと与え、冬の空気に沈んで溶ける。
相手が目の前にいるのに電話をしているこの図は、第三者から見たら異様なのだろう。でも、何となくお互いそういう雰囲気になっていた。胸が、痛い。
「…お姉ちゃんに、夢中になるのもいいですけど」
彼の耳には、どちらの声が聞こえてるだろうか。電話口から聞こえる私の声か、生で聞こえる私の声か。
「ここにあなたとお似合いのJKがいることも、忘れないでくださいね」
ぶち。
それだけ言って通話を終了にする。
姉がいつも自慢する私の最大の笑顔を添えて、そう宣言した。
呆然と私の顔を見つめるこの男に一歩近づき、片足だけ背伸びし、顔を近づけて軽く彼の固い頬に口づける。驚いて言葉を発しない彼と目を合わせ、悪戯に笑うと、彼も穏やかに笑った。その返し方が斬新で、また私の胸を打つ。
「かなわねぇな、お前ら姉妹には」
「JKの行動力舐めないで下さいね」
家の玄関へと進みつつ、そう声をかけられたので振り返りそう答える。
それに満足したのかわからないが、また目を細めて笑い、「またな」と言う。また、会ってくれるということだ。
それに若干喜びを覚えつつ、私は満面の笑みで玄関の扉を開け、「ただいま」と家族に挨拶をした。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
突妹シリーズ最新作となりましたが、いかがでしたか…。
桜ちゃんと立花の二人をくっつける…とまでは考えていませんが、年上に追いつこうとする女子高生可愛いのでは、という安易な妄想から始まった次第であります。
このままだと立花も不憫なのでね。
これから二人がどういった展開になるのかはまだ全く考えておりませんけれども、書いてみたいという気持ちもあります。
続編ができればまたこうして投稿していきたいと思いますので、そのときまたお会いできれば。
新しい作品のほうも近々投稿したいと考えていますので、そちらのほうも読んでいただけたら幸いです。
ここまで長くなりましたが、長い長い時を経て再び突妹シリーズを再始動させていただきます。
それではまた、次回の作品で。