補遺 がんと死の追想 7がん治療の急速な発展
がん治療の急速な発展
わたしの知り合いのがん患者本人や、がん患者を持つ家族が「少しでも長生きすれば、新しい薬が発見され、完治するかもしれない」と言うのをよく耳にする。これは当たっているだろう。それくらいがんの治療法は日進月歩で進んでいる。
Kのがん治療の経過を見て、わたしもひと昔前よりも急速に発展しているのが実感できた。いや、本当はひと昔前のがんの治療法がどんなものか、詳しく知っていたわけではないし、いまも知っているわけではない。ただ、以前はがんになったら入院し、予定調和のように、まもなく死んだ。既存の治療法はほとんど効かず、多くの人たちが効能がはっきりしない丸山ワクチンにすがる時代だった。
われわれは、がんを完治する薬の発明を待っている。極端に言うと、末期がんであっても、ある薬を飲むと完治するのが夢である。しかし、がんの治療法の発展は、そんなに単純なものではないことが、Kの治療をみていてよくわかった。既存の薬でも、投与の量やタイミング、投与の間隔などがはっきりすることも、薬の有効性を高める。それは放射線療法にしてもしかりである。
Kの場合に端的だったのは、外科手術の方法の開発と手技の発展であった。人工胸椎の置換の方法が、少し前まではKの肺がんの進行ステージでは適用されなかったのだが、近年、基準が変わり適用されるようになったのだ。これだけを見ても、もし数年前だったら、Kは人工胸椎の置換手術だけでなく、肺がんの手術もしてもらえなかったかもしれないのである。
がんの手術ではないが、腹部大動脈瘤のステントグラフト術も、近年の急速な発展によるものであろう。その術式もさることながら、ステントは人工血管として何十年も体の中に埋め込まれ続けても、いたんだり、異物として認識されたりせずに、血栓などができないことに驚く。素晴らしい素材が発明されたのだろう。
先端医療と言えば、Kが肝臓がんの治療で受けた陽子線治療がある。以前から少し重粒子線などの粒子線によるがんの治療の話は聞いていたが、実際にKが受けるとは思ってもみなかった。Kのように開腹しての摘出手術ができない患者には、この方法は福音である。
山形大学病院にも北海道や東北地区で初めて重粒子線の機器が導入され、平成31年10月から治療が開始される予定になっているという。たくさんの人の命が救われることを願っている。
がんの最先端医療としては、上記以外にもよく知られているものとして、がんワクチンを含めた各種の免疫療法がある。さらには、特定の遺伝子をがん細胞に導入する遺伝子治療の研究も進んでいる。こうしたものが、これからどのように展開していくのか、一般市民にはわからないが、期待は大きいのだ。
世界中の研究者や医療従事者が、がん撲滅のために日夜戦っている。すべての試みが成功するわけではなく、多くのものは失敗したり、有効性において相対的に価値が低いものとして切り捨てられていくことになるだろう。だが、それは研究や開発の常である。成功のために大切なことは、研究のすそ野を広くすることである。成功するのがほんの1%ならば、初めからその1%に研究費と人材を投入したらいいと思うかもしれないが、将来何が成功するかわからない。研究はトライ・アンド・エラーである。あらかじめこれが成功する、と決めてかかることはできないのが研究であり、未来である。たくさんの研究の種を大事に育んでいこうではないか。時代の壁を突き破る斬新な研究ほど、研究者には時代への反骨心と尋常ならざる忍耐力が必要であり、時に瓢箪から駒も味方することがある。