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補遺 がんと死の追想 1初めてがんと死に出会う

補遺 がんと死の追想


初めてがんと死に出会う

 わたしが小学校高学年の頃つまり半世紀も前、同級生の母親が亡くなり、クラスを代表して学級委員だったわたしと女の子の二人が、葬式に参列することになった。学級担任も一緒に参列したはずであるが、その記憶はない。葬式は同級生の自宅で行われたが、その自宅はわたしの家の近所にあり、同級生とわたしは、生まれた頃から一緒に育った仲だった。もちろんわれわれは家族ぐるみで親しかった。同級生の母親が病気でふせっていたことは、どこからか聞いておぼろげに知っていた。

 小さな部屋に棺が置かれ、大人たちでごった返ししていた。出棺ということで、「最後のお別れをしなさい」という声が聞こえてきて、後ろの方に座っていたわたしは「さあぼくもどうぞ」という何気ない声に誘われて、前に進み出て、棺の中のおばさんを見た。わたしが知る穏やかなおばさんの顔とはまったく違って、額に三角巾を巻き、ミイラのように痩せこけた、変わり果てた顔があった。わたしは人生で始めて遺体を見て、凄まじい衝撃を受けた。一緒に来た女の子は離れたところから動かずに、遺体を見ることはなかったが、目を真っ赤にして涙を流して座っていた。かのじょは悲しみにふるえ、わたしはそれまで感じたこともない恐怖におののいていた。

 我々は葬式に参列したら、学校に戻らずに自宅に帰っていいことになっていたので、わたしは帰宅した。両親は葬式の手伝いに出ていて、家には誰もいなかった。日中なのに家の中は薄暗かったことを覚えている。わたしは部屋の隅で縮こまり、一人恐怖に耐えていた。そのうち母が帰宅して、わたしの尋常でないおびえに気づき、何があったのかを聞いてきた。わたしは何をどのように答えたのかまったく覚えていない。

 翌日普段通りに学校に行き、同級生から葬式について聞かれ、参列した女の子が涙を流していたとみんなの前でからかった。かのじょはわたしも泣いていたと言ったが、わたしは線香の煙が目に入ったので涙が出てきたのだと弁解した。当時は子供の世界でも、男が人前で涙を流すのは恥ずかしい行為と思われていた。だが、わたしは悲しかったことよりも、おびえをかのじょに気づかれていなかったことに、胸をなでおろした。こうしたクラスでの他愛もないじゃれ合いが、わたしの恐怖と悲しさを徐々に癒していってくれた。

 葬式からまもなく、わたしはおばさんが胃がんで亡くなったことを知った。おばさんの死によって、わたしの中でがんと死がイコールで結ばれた。さらに、がんによる死は、生きている頃とはまったく違い、ミイラのように骨と皮だけになってしまう、恐怖と結びついた。いまにして思えば、映画の「おくりびと」のように、どうしておばさんに死化粧をしてあげなかったのだろうか、と思う。死化粧によって、亡くなった女性が美しくなることを、その後いくつかの葬式に立ち会うことでわかったのだ。


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