第九章 現在の生活 九ー8卒業式の祝賀会にて
卒業式の祝賀会にて
毎年、3月末にY大学の卒業式がある。午前中は4学部合同の卒業式があり、午後は学部ごとに分かれて祝賀会が催される。我々の学部は、市内のホテルで13時半から2時間、学部長、後援会長、同窓会長の祝辞などの一連のセレモニーが終わると、同じ部屋でアルコールのついた立食パーティーに移っていく。途中に学生たちが自分たちで編集した大学生活のスライドショーが流れるが、それをじっと見ている人はほとんどいない。
Kは3年ぶりの参加である。学生たちに「おめでとう」、「おめでとう」と挨拶を交わし、ビールを注いで回り、学生からはウーロン茶を注いでもらった。「おめでとう」の後に、「私はこの2年間はずっと入院していたので、君たちとはそれほど交流はなかったけど」と注釈をつけていた。それでも学生たちは、「一年生の時の授業の単位をもらいましから」と陽気に答えていた。かれは「いや、いや、君がよく勉強したから、きちんと成績を出したんです」と祝賀会にふさわしい、丸みのある言葉を返していた。
「「ずいぶん元気になられましたね。ご病気のことはO先生から聞いていました。凄い手術を受けたんですってね」って○○君から声をかけられたよ」
「全員の前で話したわけじゃないけど、口伝えに学生たちはみんなKさんががんで入院していたことは知っているよ。この2年間は祝賀会に出られなかったけど、3年ぶりに出てこれてよかったんじゃない」
「そうだね。病院にいるより、この華やかな空気の中にいる方がいいよね。若者のエネルギーを浴びているようだね」
「うん。学生たちはみんないい表情をしているよね。社会に出ていく不安もあるのだろうけど、みんな就職が決まっているし、あとは自分たちで切り開いていくんだね」
「実は、自分も今日体力に自信がついたんだ」
「どうしたの」
「この2時間、ずっと立ちっぱなしじゃない。2時間も立っていられるくらい足腰が強くなったんだってね」
「うん、2時間立っていられるなんてすごいことだよね。最近は、自分だって2時間立っているのが辛くって、周りの椅子に座ったりするものね」
祝賀会の日、例年冬の寒さがぶり返し、山形の街中になごり雪が舞う。瞬間、青春の何枚ものページがぱらぱらっとめくられ、若者たちは別れの苦渋を噛みしめ、年老いた目には眩しく映る。あと数日経って4月になると、新しい土地に住み、見知らぬ人たちと出会い、自分なりの日常を築き上げていくことだろう。きみたちの人生に幸多かれと願う。
今年もまた、山形盆地のあちこちに様々な花が咲き乱れ、大学にフレッシュな新入生が入学し、春を迎える。
かれはこの後、2回祝賀会に参加して、卒業生を送り出すと、その後数日をして自身も大学を退職する。その翌年にはわたしも退職である。




