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第八章 心筋梗塞の治療 八ー6心筋梗塞の衝撃

心筋梗塞の衝撃

 今回の心筋梗塞の症状、2週間の入院期間、2度のステント挿入手術は、Kにとってちょっと風邪をひいた程度のことだった。手術の後遺症も何もなかった。今回の心筋梗塞を「へ、へ、へ」と軽んじたのもわかるような気がした。もしかれががんや腹部大動脈瘤を経験することなく、今回と同程度の軽度の心筋梗塞になったならば、もっと慌てふためいたことであろう。これまでの体験はかれをタフ(鈍感?)にしているように思えたが、実はそうでもなかったのだ。

 心筋梗塞になって、しばらくして、夜、ベッドの中で心臓の動きが気になるようになったというのである。心臓の冠動脈のどこかが閉塞しているんじゃないか、と思うことがあると言う。わたしはそれが普通であると思う。気にならない方が不思議なくらいである。

だが、がんや大動脈瘤の時は何も気にならなかったノーテンキ・Kである。では、今回の心臓の場合はどうして気になるようになったのかとかれに聞くと、肺がんや肝臓がんなどのがんではぽっくりと死ぬことはないが、心臓だったら、一瞬で死んでしまうからだと言う。そうなのだ。がんと心臓の病気の違いはここにある。いくらがんが悪化しても、少々のことでは明日の朝、急に死んでいるとは思えないが、心臓だったら予告もなしに朝冷たくなっていることだってあるのだ。

 一瞬に死ぬのは、何も心臓の病気だけでなく、腹部大動脈瘤が破裂した場合も十分にあり得たはずだ。だから医者は腹部大動脈瘤の手術や、肝動脈が破裂するおそれのある肝臓がんの手術をするのをあれほどためらったではないか。かれに腹部大動脈瘤のことを聞くと、腹部大動脈瘤はぜんぜん恐怖ではなかった、という。本当にそうなのか、と何度問いただしても、そうだと答える。

 なにが腹部大動脈瘤と心筋梗塞の怖さをわけているのか、と問うと、それは持っている知識や先入観の違いではないか、と言う。心筋梗塞、そして心臓が止まったら死ぬということは、誰でもが知っている一般常識であり、実際に自分の周囲でも心臓が止まって死んだ人は何人もいる。だが、腹部であろうと胸部であろうと大動脈瘤は、自分がなる前にはほとんど耳にしたことがなく、自分がその病気になっても、破裂するイメージを持てなかったと言う。いまでもそれは同じ状態だそうだ。

 非常に軽度の心筋梗塞になった頃は、別にどうとも思わなかったが、時間が経つにつれて心臓が止まるかもしれない、という恐怖心を抱くようになってきたという。Kも人の子であった。


 「心臓のことを気にかけていると、ノイローゼになるんじゃないの」

「そうなんだよね。おそらく心臓のことばかり考えていたら、ノイローゼになると思うんだ。心臓のことに考えが集中すると、心臓のドックドックという音が聞こえてくるんだ。なにか不吉な音だよね。でも、そんなに考えているわけではないけどね。考えてもしかたのないことだからね」

 「しかたがないことだとわかっても考えてしまんでしょう」

 「そうなんだよ」

 「それが人間だよ。Kさんも人間なんだ。考えすぎてノイローゼやうつになったらいけないけど、Kさんにはその兆候はまったくないしね」

 「あるわけないじゃん」

 「でも、腹部大動脈瘤から今回の冠動脈の閉塞でしょ。もしかしたら、タバコの吸い過ぎで血管がボロボロになっているんじゃないの」

 「ボロボロはひどいんじゃない。でも気にしているんだ。三大疾病のうち、がんと急性心筋梗塞の2つが終わったから、次は脳卒中でしょ。これも血管の病気だから、切れたり詰まったりすると困るんだよね」

 「みんな困るんだけど。なんとか血管が健康になるように努力したらいいんじゃないの」

 

 心臓が止まることは、すなわち死を意味し、脳がプッツンすることは、自分が自分でなくなることを意味している。それが我々一般人のイメージである。このイメージに忠実なようにかれは死を恐れている。

 それでもかれは考えてもしかたのないことは、考えないようにしている。どこまでもポジティブなのである。


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