第八章 心筋梗塞の治療 八ー5あっさり退院
あっさり退院
木曜日に退院したKは、翌日、いつもと変りなく、わたしの研究室にやってきた。
「予定通りに木曜日に退院できたよ」
「2週間の入院で体力は落ちていないの」
「全然。入院前と変わっていないよ。教養坂を登っても苦しくなくなかったしね。完璧に治ったよ」
「心臓が悪かったんじゃない。Kさんの説明では、悪いところが心臓だと思わなかったよね。レントゲン写真で真っ白だと言っていた肺はどうなったの」
「わからない。風邪は治ったんじゃない」
(まあいいか)
「ほんのわずかなところが心筋梗塞になっていたんだ。12のランクのうち一番軽いものらしいけど」
「えっ、そうなの。大丈夫なの」
「大丈夫だって医者が言うから、大丈夫じゃない」
「心筋梗塞になったら、梗塞部域が広い時だろうけど「象に踏まれたように痛い」とか「焼け火箸を当てられた時のように激痛が走る」ということを聞いたことがあるけど、まあ象に踏まれた経験のある人間は、ほとんどいないだろうけど、何か痛さが想像できるよね」
「医者に手術の後に痛くなくなったか、と聞かれたけれど、「ない」と答えたよ。従来の胸の痛みが今回の手術で緩和することを少し期待してたんだけど、残念ながらそれはなかったね」
「でも、心臓が治ってよかったじゃない。どこか出張先で発症していたら大変なことになっていたかもしれないじゃない」
「うん、そうだね。東京で今回のような苦しさが起こっても、山形に帰るまで病院に行かなかったかもしれないしね」
「不幸中の幸いだよ」
「今回は見つけてくれた近所のお医者さんに感謝しなくっちゃあね。救急車の手配もしてくれたし。そう言えば、手術が終わってから、心臓の動画を見せてもらったよ」
「ステントは見えるの」
「言われればわかるけれど、はっきりとはわからないよね」
「そう言えば、今回は入院の保証人の欄にサインをしなくてよかったの」
「そうそう。書類をよく読むと、生計を別にしていたら同居人でもいいことがわかったので、今回は次女に保証人になってもらうことにしたんだ。どうもありがとう」
「戻ってきた娘さんに保証人になってもらったんだ。病気になって、よかったこともあるよね。これからは娘さんが病院代払ってくれんじゃないの」
「そんなの期待できないね」
「いずれにしても、入院前と変わった風はないから、よかったじゃない」
「今回の入院と手術は今までのことに比べたら、屁みたいだったね」と入院のプロは、「へ、へ、へ」と得意げに鼻を鳴らしたようだった。