第七章 肝臓がんの治療 七の10 自炊
自炊
前年に出入りがありつつも、ほぼ一年間Y大学病院に入院していたが、ベッドの上で考えていたことは、研究のことが少しで、それ以外はほぼ食べることであった。退院したらどこそこの食堂で何を食べようと、ひたすらネットサーフィンをして美味しいものを探して時間を過ごしていた。人間も動物である。生きることは食べることなのだ、とかれは自分の行動を肯定的にとらえていた。だが、実際にはモルヒネや 抗がん剤の副作用に悩まされて、食べることができなかったのだが。
T大学病院の生活を入院ではなくウィークリーマンションを借りての通院に決めたのも、好きなものを食べるためだった。入院する前から、料理を作ることが楽しみで仕方なかった。待ちわびた日がやっときたのだ。
自宅を離れての自炊生活が何年ぶり、いや30数年ぶりにやってきた。学生生活以来だろう。それでも病気になる前は、自宅で毎週土曜日に家族全員分の昼食と夕食を作っていた。家族で買い出しに行って、昼食は子供が喜ぶホットケーキを焼いた。夕食のメニューとしては魚の煮つけが得意料理だった。毎度、子供たちも美味しそうに食べてくれた。
ウィークリーマンションに入るとすぐに料理の準備にかかることにしたが、初期投資が大変なことがわかった。ウィークリーマンションなので食器や炊事道具はそろっていたが、かれが思い描く料理を作るためには、調味料をいろいろと揃えないといけなかった。醤油、塩、砂糖、サラダ油、バター、コショウ、マヨネーズ、おろし生姜(おろし金がないので)等々を買った。もちろん自炊にかかせないお米も2週間分買った。
近くのスーパーマーケットで料理の材料をしこたま買い込み、重い荷物をぶら下げて、夏の強い日差しの中をよたよたと、本人は軽快な足取り気分で帰っていった。初日は、1匹98円のアジを3匹買い、3枚におろして刺身にして、腹いっぱいになるまで食べた。とても幸せだった。
ある日の夕食のメニューを紹介しよう。ご飯とモッツァレラチーズととろけるチーズ入りのトマトと卵のバター炒めは、かれが料理したものである。皿にはコンビニで買ったハンバーグとカボチャのサラダがのった。白菜の漬け物を添え、キュウリ半本はデザートである。ハンバーグとサラダは、半分残して明日のランチにする予定である。
62歳という年齢の割にはすごく食べると思われるかもしれない。モルヒネを服用していた時には、ほとんど食べることはできなかった。いまその服用をやめたので、食が戻ってきたのである。それでも病気の前の全盛時の頃のようには食べられない。かれは大食漢で、朝からすごい量の米を食べていたのだ。
もう一つ別の日の晩餐(かれは夕食を晩餐と呼ぶようになった)を紹介しよう。メインディッシュは,タマネギのみじん切りに鶏肉をサイコロに細かく刻んで、ゆでトウモロコシの実を半分そぎ取って、トマト、とろけるチーズ、卵を炒めたものである。そして、添えてある緑は、通院途中のアスファルトの歩道とコンクリートの側溝の間に生えていた雑草を抜いてきたものである。この雑草はハーブのタイムである。おそらくどこかの家の庭から種が飛んできて生えたのだろう。この緑を添えることでかなりバージョンアップしたように思えた。加えて、スーパーマーケットでイカの塩辛も買って食卓にあげた。いかの塩辛はイカを丸ごと買ってきて、自分で作りたかったのだが、何匹ものった皿しか売っていなかったので、量が多すぎパスしてしまった。
こうして筑波で至福の日々を過ごしていた。
「筑波で薬味として道端で摘んだのはタイムだったっけ」
「そう。コモンタイムだよ」
「タイムはサイモンとガーファンクルのスカボローフェアの歌詞の中に出てくるよね。パシセジロズメリアンタイ」
「さすがよく憶えているね。パセリ、セージ、ローズマリー、タイム、だよね」
「スカボローフェアにどうしてこのハーブの名前が繰り返し出てくるか、知ってる?」
「スカボロー市場で売っているからじゃないの。ずっとそう思っていたよ」
「これは4種類のハーブは魔除けの意味があるんだって。だから呪文のように歌詞の中に繰り返し出てくるんだよ。ちなみにタイムは度胸という意味があるらしいけど、Kさんの場合は、病気に立ち向かう勇気なのかもしれないね」
「何気なくタイムを香草として使ってきたけど、そんな深い意味があったんだ。今度、スカボローフェアの歌を聴き直してみるよ。アーユゴーインタスカボロフェア、パシセジロズメリアンタイ」
「スカボロー市場は、昔イギリスで8月から9月に開かれていたそうだよ。丁度今頃の季節だね」




