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第六章 腹部大動脈瘤の治療 六の9 O教授の診察

O教授の診察

 Kは、ゴールデンウイークに入る直前の4月27日にT医科大学病院のO教授のところを初めて訪れた。T医科大学病院は東京都港区新橋西のNHK放送博物館や愛宕神社のある愛宕山の東、海食崖に面する海側の平地にある、とかれは地質学者らしくT医科大学病院を紹介する。真っ先に海食崖の用語が出るのは、一種の職業病であろう。

 O教授から「これなら手術できる」とお墨付きをもらい、喜び勇んでY市に戻ってきた。教授は「難しいけれど、わたしならやれないわけではない」とかれに向かって格好良く告げたという。

 腹部大動脈瘤は直径8㎝まで成長していた。ついに硬式野球ボールよりも大きくなっていたのだ。Y大学病院の検査ですでにわかっていたことだが、今回の腹部大動脈瘤の手術の難しさは大きさにもあったが、それ以上にその膨らんだ部位が両足に分かれた血管と大動脈から分岐した肝臓、腎臓、腸管に入る血管を巻き込んでいたことによることが大だった。つまり複雑に分岐した血管が膨らんで瘤となっていたのである。そこでこの血管を裏打ちする管のステントは両足に分かれる三又と、腹部でいくつも分岐したものを用意しなければならなかった。O教授から「K先生のステントを作成できるのは、アメリカの会社にありますが、そこに発注すると3か月はかかります。それを待っている時間的余裕はないので、わたしが作成します。自分の方が上手です」と言われた。多忙なO教授が夜な夜な傘はりのような内職仕事をするのかと思うと、申し訳ないような気持ちでいっぱいとなった。

 わたしが「感染症はどうなったの」と聞くと、「先生はそれどころじゃないでしょう、と言うんだ。手術をしたからといって、急に感染症が悪くなるわけではないし、そもそも大動脈瘤は放っておける状態じゃないと言うんだ」。「もっともだね」と二人で頷いた。

 O教授は「あとにT大学での肝臓がんの陽子線治療も控えているようなので、できるだけ早く手術をした方がいいですね」と話し、スタッフに手術室はいつ空いているかを確認させ、予定表は夏休みまでびっしりと埋まっていたが、5月23日に突然キャンセルが入ったとのことで、この日に手術することが決定した(なんてラッキーなんだ。砂時計は確実に戻っている)。こうしてとんとん拍子に、5月16日に入院、23日に手術、その一週間後に退院、というスケジュールがその場で組まれた。なんてスマートなんだ。これまでのどんよりとよどんだ空気は、いったい何だったんだ。ドブネズミ色の空が一挙に晴れわたり、青く突き抜けた。

 希望とはこういうものだ。この時、間違いなく、O教授はかれの救世主だった。まだ手術をしていないけれども、明るい希望の道が開かれたのだ。清涼な空気を胸一杯に満たしたような幸福感は、こうした瞬間に訪れる。


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