表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/101

第六章 腹部大動脈瘤の治療 六の2 そろそろ肝臓がんの手術を

そろそろ肝臓がんの手術を

 次は肝臓がんだ。

 平成28年を迎え、手術の後遺症である胸の激しい痛みは、相変わらずだった。しかし、血液中の感染症を示す数値はなかなか下がらなかった。かれの勝手な目算では、春季休業中(世間に誤解があるようだが、夏休みも冬休みも学生が休みなだけで、教員や職員は休みではない)に、肝臓がんを切除して、4月の新学期にはすっきりとしたかたちで授業をする予定だった。別に医者と相談したわけではないが、入院期間もおよそ一か月と予想していた。そこでかれの予定がうまく遂行されるためには、2月末か3月初めには入院しなければならなかったのだ。独りよがりだけど。

 平成28年2月3日、節分の日である。「鬼は外、福は内」という軽やかな声が巷に響く。誰もこの掛け声で鬼が退散し、福がやってくるとは思っていないし、実際、豆まきにそれほどの真剣さを感じることはできない。それでも、この軽やかさにはどこか健康的な響きがある。Kも杖を付いて歩きつつも、心は軽やかで、思いつめたところはどこにも感じられなかった。それでも「鬼は外、福は内」なのである。この頃になると、首のコルセットはつけたり外したりするようになり、医者から許可が下りたわけでもないのに、そのうちしなくなってしまった。

 節分が過ぎて、Y大学病院に数日入院した。これで4回目の入院である。今回は退院直前に新たに発見された肝臓がんの検査だった。退院後定期的に通院して検査を受け、原発性の肝臓がんであることが確定した。入院中は、レントゲン、造影MRI、肝機能検査、肝シンチ、PETCT、胃カメラ、そして肝生検を行って、詳しく調べた。一連の検査も終わり、そのまま肝臓がんを切除する手術に入るのだろうと思っていたが、すぐに退院となって、肩透かしをくった。

 退院すると、いつものようにわたしの研究室にふらっとやってきた。


 「肝臓がん、どうなったの」

 「いや、どうもなってない」

 「このままで大丈夫なの」

 「感染症が治るまで手術ができないって医者が言うんだ」

 「たしかに手術の刺激で、敗血症にでもなったら一巻の終わりだろうけど、このまま肝臓がんを放置できないんじゃないの。退院してすでに3か月が経ったよ。肝臓がん、大きくなってるんじゃないの」

 「うん、4月から授業が始まるから、それまでに手術でスパッと肝臓がんをとってもらって、気持ちよく新学期を迎えたいと思っているんだ。今度また、医者に相談してみるよ」

 「肺や背骨のように、スパッといきたいよね。背骨に比べたら、肝臓がんなんて、ずっと簡単じゃないの。肝臓は再生能力が高いし、Kさんなんて、人一倍再生力が強いと思うんだよね」

 「人をゾンビみたいに言わないでよ。ともかく、今度またお医者さんに相談してみるよ」


 改めて医者に肝臓がんの手術をして欲しいと頼んだが、感染症を理由に引き受けてくれなかった。たしかに感染症を示す数値は平常値に戻っていなかった。しかし感染症がいつ頃治るのか、という見通しは医者からは何も聞かされなかった。肝臓がんの手術をしたくない、という雰囲気が医者からひしひしと伝わってきたのは、Kの錯覚だったのだろうか。

 (どうして、どうして、肝臓がんの手術をしてくれないの。せっかく肺がんの大手術をして生き延びたのに、肝臓がんで死んでしまうじゃない。4月から授業も始まっちゃうじゃないか)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ