第一章 がんの発見 一の4 腫瘍と異状な胸椎を発見
腫瘍と異状な胸椎を発見
1月の中頃にT病院に診察に行き、この日は首のレントゲンを撮影して、首の椎間板ヘルニアを再確認するにとどまったが、次回にMRIで精密検査をすることが告げられた。
MRIはよくテレビの医療ドラマに出てくる、患者がベッドに寝て大きなトンネルに入る、あの大きな機械である。日本語の正式名称は磁気共鳴画像といい、電波を体に当てて病巣を詳しく調べる機械である。MRIよりも簡易な検査法であるCTは、X線などを使って断面を撮影するコンピュータ断層撮影法のことである。
一週間後の夕方にMRIを撮ったが、その画像を見て医者が急に慌て出し、レントゲン技師に首から下の第4胸椎までのレントゲン写真を撮るように指示を出した。これまで見たこともない医者の慌てぶりから、かれにも自分の身にとてつもなく大変なことが起こっていることがわかった。
この時刻の日課になっていたのであろうか、連れ立って一緒に帰宅しようとこの部屋に集まってきた5人の技師たちが、かれのMRIとレントゲンの映像を見て、急にざわつきだした。医師が真っ青になり、ろれつが回らなくなったのを、今でもかれは鮮明に覚えていると言う。かれは机の上の写真をみせられて、食道と肺の間に腫瘍のようなものがあること、第2と第3の胸椎がおかしいこと、肺は肺気腫になっていることについて、医者から説明を受けた。レントゲン写真を使って説明されると、素人であるかれの目にも異常な部位とそうではない部位をはっきりと識別することができた。
医者は慎重に言葉を選んでいるようで、発見された腫瘍をがんだとは言わなかった。感染症でこうなっている可能性もある、と言った。すぐにY大学医学部付属病院を紹介してくれた。尋常ならざることが、はっきりとした瞬間であった。左肩の痛みの椎間板ヘルニア仮説は、一瞬にして吹っ飛んだ。
「第2胸椎と第3胸椎がおかしいことがわかったんだ」
「おかしいってなによ。レントゲン写真でわかるの」
「他の胸椎とはっきりと色が違うんだよね。他の胸椎は白いんだけど、2番目と3番目はグレーではっきりとしないんだよね。他に食道と肺の間に腫瘍があるんだ」
「悪性なの」
「それが分からないんだ」
「肺気腫って何よ」
「肺の中の肺胞がだめになって、空気を押し出せなくなる病気らしいよ」
「タバコの吸い過ぎでそうなったの?」
「多分ね。でも、当座は肺気腫を気にしなくてよさそうなんだ」
「それはよかったね」
(何がよかったかわからないが、絶望的な会話の中に一言くらい「よかった」という言葉が必要だった)
互いに用心して「がん」という言葉を使わなかったが、われわれの頭の中は「がん」という言葉で一杯になり、一挙に不気味さが下りてきた。




