第5章 長期入院生活 五の6 退院時の体調
退院時の体調
かれの退院した頃の体調は、歩くのが不自由なだけではなかった。170㎝あった身長が2本の胸椎を除去した手術の結果からか、5㎝も縮んで165㎝と、わたしの身長と変わらなくなってしまった。体の軸も真っすぐではなく、全体がいびつになって、それが歩くのを不自由にしているようだった。それは肺がんの手術でたくさんの筋肉や神経束を除去した影響なのだろうか。そんなかれが杖を頼りに体を引きずるように歩いていた。
かれの外見は病気前と明らかに違い、運動能力の著しい低下が、歩き方一つからも見て取れた。だがかれが訴える苦しみはこうしたところにあるわけではなかった。かれにとって身長が縮んだことや歩き方が不自由なことは、なんの苦痛でもないようだった。かれの最大の苦痛は、手術後に起こった胸を突き刺すような痛みであった。それが数分単位で起こり、かれを苦しめるのだ。かれはこの苦しみのために大好きだった車の運転をあきらめた。首に巻いたコルセットのせいではなかった。じっとして考えることもこの苦痛が妨げた。じっくりと考えて論文を書くことができなくなってしまった。この激痛は今もかれを苦しめている。
胸の痛みを和らげるために、鎮痛剤のモルヒネが処方されたが、モルヒネと言えばがんの検査入院の時に最初に投薬されたものだが、その時も副作用として吐き気、便秘、血圧上昇に悩まされたが、今回もまったく同じだった。副作用は長期間飲み続けると弱くなっていくだろうと医者から言われたし、自分でもそう思ったが、いつまで経っても治まる気配はなかった。体力をつけて免疫力を高めるためにはたくさん食べなくてはいけない、と強迫観念のようにそう思うのだが、どうしても食べることができなかった。そもそもモルヒネをきちんと飲んでいても胸の痛みは激しく襲ってくる。では、モルヒネはまったく効いていないのかというと、少しは効いているような気もする。正直な話、モルヒネを飲まなかったら、もっと激しい痛みが襲ってくるのではないか、と漠然とした不安があるのだ。自分の意志で自主的にやめることができないでいた。
医者にモルヒネをやめたいと相談すると、あっさりとそれを認め、他の薬を処方してくれた。その薬も効いているのかどうかわからない。しかし、手放すことはできない。胸の激烈な痛みはいっこうに治まる気配はなく、現在もかれの生活の質(QOL:クォリティ・オブ・ライフ)を著しく低下させている。




