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第5章 長期入院生活 五の3 病院の窓から山を見て四季を感じる

病院の窓から山を見て四季を感じる

 入院中、季節の移り変わりは、病室の窓から見える山々の色の変化で追うことができた。入院した5月にはまだ冬枯れの木々だったが、やがて芽を吹いて新緑となり、じきに濃い緑となって、紅葉に染まっていき、いままた枯葉となって散っていった。

 Y大学のKキャンパスの構内にある銀杏並木は黄金色に輝き、散っていく季節になった。銀杏の葉が散ると、Y市に長い冬がやってくる。

 蔵王はYのシンボルの山として有名であるが、Y市街からは蔵王の山を見ることはできない。市内から東に向かって、「あれが蔵王ですか」と来訪者に聞かれる山、それは標高1,362mの龍山である。龍山の奥に控えているのが蔵王であるが、蔵王は龍山に邪魔されて市の中心部から見ることができない。Y大学病院の病室からも見ることはできない。

 Y市には、晩秋になって龍山が3回雪化粧を直すと平地に初雪が降る、という言い伝えがある。これを教えてくれたのはY育ちのわたしの妻である。晩秋になると、妻は毎年龍山の雪化粧の回数を数えている。

しかしながら、そもそも蔵王や蔵王山という山はなく、熊野岳、刈田岳、地蔵岳などの連峰を総称して一般的に蔵王と呼んでいる。蔵王はスキー場、御釜、樹氷、温泉が全国的に有名である。大学からスキー場や蔵王温泉に車で30分で行くことができる。市民は手軽に日帰りスキーや温泉入浴を楽しんでいる。

 盆地の中から蔵王が美しく望める場所は、歌人である斎藤茂吉の生誕地のK市である。K市役所付近から仰ぎ見る蔵王は、昭和25年に新日本観光地百選の1位に選ばれたのも納得できる美しさである。

茂吉が詠んだ蔵王の歌を3首あげておこう。


夏されば雪消わたりて高高とあかがねいろの蔵王の山

たましひを育みますと(そび)えたつ蔵王のやまの朝雪げむり

陸奥をふたわけざまに聳えたまふ蔵王の山の雲の中に立つ


 病院から西を望むと、白鷹の山々の陰に朝日連峰の頂を望むことができる。東北のアルプスと呼ばれる急峻な頂が連なっている。主峰は大朝日岳で、標高は1,870mある。3,000mの山々が連なる中部山岳の日本アルプスに比べると1,000mも標高が低いが、冬の積雪も多く、自然も豊かで、本格的な山登りを楽しむことができる。わたしが20年前に朝日連峰を縦走した時、北端に位置する以東岳の山頂でオコジョに会い、大朝日岳の湧水の銀玉水は飛び切り美味しい水だったことを、今でも覚えている。

 Y盆地から朝日連峰を北にたどって眺めると、山並みはいったん途切れる。その北に独立峰の月山が泰然自若として存在する。月山と書いて、がっさんと読む。なんと美しい響きを持つ呼び名だろう。標高1,984mで二千メートルに少し足りない。Yから見る稜線は人のいかり肩のようである。ブナの巨木が深い森を作っている。冬の月山は大量の雪が降り積もり、その雪の多さゆえに、冬にはスキー場がオープンできず、他のスキー場が閉鎖する4月になってからオープンする。そして7月か8月の夏までスキーが楽しめる。スキーが好きな人にはたまらないエリアである。

 月山は山岳信仰の山としても有名である。ふもとの寺には、即身仏つまりミイラが安置されている。ミイラと言ったらありがたみはないし、即身仏に失礼にあたるのだろうが、骨と皮になった姿はやはりミイラの方がわかりやすいだろう。月山の即身仏をテーマに森敦は小説『月山』を書き、芥川賞を受賞した。月山は、飛び切り美しい山容をし、自然も精神性も深い山である。それでも、夏には車とリフトを利用して、比較的簡単に頂上に立つことができる。

 小見出しに四季という字を書いて、はたと四季は死期にも通じる不吉な言葉だということに気づいた。それはこうした文章を書いているので少し過敏になっているのかもしれない。しかし、日本的な諸行無常の感性は四季を繰り返すことによって、間違いなく死期に向かっていることを暗示しているようにも思える。いや暗示してはいなくて、四季を繰り返せば早かれ遅かれ誰もが死を迎えるのは、この世の絶対的な真理である。それにしても入院患者にとって四季は窓の外にあって、病院の中ではたまに来訪してくる見舞客の服装でしか感じることができない。

 入院中、Kは龍山から登ってくる太陽の位置を記録し、日ごとに太陽が思っていた以上に移動することに驚いた。さらに、太陽は夏至を過ぎると、日が差す角度が低くなり、病室の奥にまで日が入っていくことを確認し、なぜかうれしくなった。天候にまったく左右されることのない病室で、晴れる日を楽しみに待つようになった。

 病院食においても、季節を感じさせる食事がでてきた。初夏にはサクランボ、秋には洋ナシのラフランスが出され、山形の季節を味わわせてくれた。


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