第五章 長期入院生活 五の1 入院生活
入院生活
8月末に再手術した後は、しばらくの間、傷の修復を待つために、首にコルセットをしてじっと寝ておくしかなかった。少し落ち着くと、リハビリが日課となったが、院内を自由に歩くことはできなかった。ほとんどの時間をベッドの上で過ごすこととなった。
第一回目の手術の後から続いている串で刺されるような胸の激しい痛みは、いっこうに治まることはなかった。さらに一時治まったかにみえた血圧の変動(特に立っている時に、最高血圧が急に50mmHgくらいまで低下すること)が再び起こるようになって不安になった。
切除した第2・第3胸椎の代わりに骨の粉を詰めたチタンのシリンダーケージの中に、血管が伸びてきて、骨が再生されるまで、コルセットをしたままでいなければならなかった。
入院は単調なものになっていった。頭の中は食べ物ばかりが占有し、ネットサーフィンで美味しいものを探すようになっていた。
そんな能天気なKでも、脳の検査の前に医療スタッフが何気なくつぶやいた「肺がんはよく脳に転移する」という一言で大きく動揺することがあった。それはそのスタッフの経験に裏打ちされたものかもしれないし、客観的な統計的データによるものかもしれない。それでも、言う場所はわきまえて欲しい。それはたとえ事実であろうと、明らかにハラスメントである。そんな言葉が患者をぶちのめすことはあったとしても、助けたりはしない。
かれはいまでもこの一言をよく覚えている。忘れたくても忘れられないのだ。図太そうなかれでも入院中にはかなりナーバスになっていたのだ。いや、ナーバスになっていなくても、誰だって傷つくだろう。このスタッフは、これまで何人の患者の心を傷つけたのだろうか。患者は見かけよりもずっとナーバスになっていることを、医療従事者は心にとめておいて欲しい。時に何気なく吐かれた言葉が、悪魔のつぶやきのように聞こえることを。
手術から一か月が経った9月末の日曜日に、久しぶりに外出許可が出て、自宅に帰ることができた。10月に入ると、土・日曜日は自宅に帰って泊まることができた。しかし、前のように大学に出ることもなく、自宅でじっとしていた。体力ばかりでなく気力も萎えているようだった。それに、コルセットをしたままでは、大好きな車の運転もできなかったので、大学に来るにはおくさんの手をわずらわせなくてはならなかった。それは少し気が引けた。




