第四章 胸椎再手術 四の8 2回目の胸椎手術まで
2回目の胸椎手術まで
胸椎の手術は、レントゲンでずれが発見されても、すぐには行われなかった。その理由は、かれが感染症にかかっていたためだった。かれは、自分の体力不足によってばい菌に負けてしまったのだと、我々に説明した。体力を回復するためには食べるしかない、とひたすら信じ込んでいた。それでも7月中には手術してもられるものと思っていたが、7月中に手術することはなかった。かれは転倒しても、8月に名古屋で開催される国際学会には、病院を抜け出して参加しようと考えていた。研究熱心なのもあるが、すでに2月に振り込んだ参加費の7万円を無駄にしたくない、という金銭的な理由も大きかった。何がいま大事なのか、かれの頭の中は地盤の液状化と同じように、ぐじゅぐじゅになっているようだった。だがこれも病気になったせいではなく、普段のかれの習性だったのだ。
手術日は、かれが勝手に想定した8月4日が過ぎ、なかなか決まらなかった。感染症は完治せず、前回の手術部分から炎症が広がっていた。血液検査のモニタリングの結果を見ながら、やっと手術日が8月23日に決定した。転倒から2ヶ月近くが経っていた。
3月10日の生検の際のミスによって、のどに傷をつけ、それによってほとんど声が出なくなって、一挙に病人らしくなっていたが、この声は医者から治るかもしれないし、治らないかもしれないと言われていた。かれのおくさんは知人が同じような理由で声が出なくなったことを知っていた。その知人は3か月後に突然声が出るようになったので、夫にも3か月たったら声が出るようになるんじゃないか、と言っていた。その予言(?)がぴったりと的中し、8月のある日突然、Kは元の声を取り戻した。徐々に回復する気配もなかったので、半ばあきらめかけていたのに、以前と同じ声が出せるようになったのだ。こうした良いことがあるのだから、がんの完全治癒も希望が持てるのではないかと思った。少なくとも、二回目の胸椎の手術を前に気分はいくらか軽くなった。




