第四章 胸椎再手術 四の6 再び抗がん剤治療
再び抗がん剤治療
6月中旬になって、まだ体内に残っているかもしれないがん細胞と、がんの再発を防止するために、再び抗がん剤治療を2クール行うことになった。今回は、放射線治療は行わない。第一回目で味わった、臭いや味覚に過敏になり、何も食べられなくなって、やせてしまうのではないかという不安が湧いてきた。
実は、今回、抗がん剤治療ができるのは、かれにとっては喜ばしいことであった。それは、手術が成功していなかったら今回の抗がん剤治療は試みられなかったし、手術が成功していても予後が悪ければ、二回目はなかったのだ。食べられなくなる不安はあったとしても、ここで抗がん剤治療ができることは、体の中に残っているがん細胞を駆逐するためには、必要なことであった。
抗がん剤を投与するとすぐに副作用が出てきたが、食べるために、今回は前回の治療期間に学習したことを実践していった。食パンにクリームチーズとはちみつ、シナモンをのせて、病棟に備え付けのオーブントースターで焼いて、美味しく食べた。なかなか栄養価のある豪勢な食事である。これにサラダでもあれば、ビジネスホテルの朝食以上だ。かれは食べることが好きなので、いろいろな工夫を凝らして、この料理に到達したのだという。こうしたものが食べられれば、なんでも食べられるように思うが、そういうわけにはいかなかったようだ。鼻や舌は微妙なものである。
毎日見舞いに来るおくさんに、食べたくなったものを買って料理して持ってきてくれるように頼んだ。その中には、牛の腸、つまりホルモンがあった。ホルモンを食べたことも調理したこともないおくさんは、かれの指定した店に行ってホルモンを手に入れ、それを焼いて、塩で味をつけた。かれはしばらく食べていなかったホルモンを、病室で食べることができ、とても満足だった。外で食べるよりもずっと美味しく栄養があるように思えた。
必死に食べることで、体重が減少して体力がなくなることだけは防ごう、と夫婦一緒に精一杯の努力をした。




