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第一章 がんの発見 一の2 首の椎間板ヘルニア仮説

首の椎間板ヘルニア仮説

 12月中にいくどかわたしの研究室にやってきて、二人でばか話をしたが、その中で左肩の痛みはまったく鎮まることはなく、かえってひどくなっていることを、わたしに訴えた(ただ話をしているだけなので、医者でもないわたしに訴えるという言葉は奇異な感じを与えるかもしれないが、やはりわたしには何かを訴えていたように思えたのだ)が、病院はおろかまだマッサージにも行っていなかった。忍耐強さと鈍感力、加えて面倒なことをいつまでも先延ばしするのも、かれの人並み外れた特性であった。体の痛みだからと言っても例外ではなかった。誰もが持っている不安なことを回避する、この場合は、医者から重篤な病気であると宣告されるのが怖いから、という心理的理由に起因するものではなかった。かれにこのことを何度問いただしても、そんな恐怖心は全然持ち合わせていないという。そうなのだ。かれは几帳面な性格ではなく、あえて言うならば面倒くさがり屋の性格であり、それが病院にいくのを遅らせている唯一の理由なのだ。もちろんかれが自分で認識していなくても、深層心理としてやばい病気なのかもしれない、という怖れを抱いていたことを完全には否定できないのだが。

 かれの痛みがかなりなものであることは、かれの説明からもよくわかってきた。痛みの原因は首の骨の椎間板ヘルニアによるものだろう、とかれなりに推測した。昔、首を痛めたことがあり、椎間板ヘルニアによって神経を圧迫し、左肩の肩胛骨から大胸筋、腕へと続く痛みと、筋肉の凝りを引き起こしているのだと、わたしに説明した。これが、かれがわたしに説く左肩が上がらない論理的説明であった。

 かれは地質学者であり、わたしは生物学者である。その違いはあっても、われわれは共に科学者である。われわれ科学者は職業柄この論理的説明をあらゆる場面で重視し、多用している。因果関係が科学的に説明できれば、頭の中がすっきりするのである。今回の場合、病気が治るわけではないが、少し治った気にはなる。この時もかれの説明は、原因は椎間板ヘルニアにあり、という仮説(単なる素人の憶測の域を出ていないのだが、科学者はいかなる時も「仮説」という用語を使いたがる人種である)に落ち着き、自分の仮説がわたしを納得させたと思ったのか、晴れ晴れとした気分で自分の研究室に戻っていった。わたしにとっては、「椎間板ヘルニア仮説」は当たっているかもしれないが、あまりにもありきたりな仮説なので、興味がわかなかった。やはり普通の人が発想しないような仮説の方が、魅力的なのである。しかし、かれは自分の痛みをありふれた原因ですませたいという心理が働いていたのかもしれない。

 平成26年は、病院に行かずに年を越した。事態は、新年を迎えて、かれとわたしの予想をはるかに超えて、雪崩れるように悪い方向に進んでいくことになる。

 年末、年始と雪が降り、積もっていった。

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