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第三章 肺がんと胸椎の手術 三の2 事前の手術の説明

事前の手術の説明

 退院の前日に、手術方法の説明を受けた。医者の説明の概要は、当日にかれが書いたメールでわかる。


「手術は、胸椎から食道にかけてと、場所が場所だけに、肋骨を切断して開いて、神経系を避けながらの難儀な手術になるようです。胸椎も浸食されて一部割れているのでその補修もあったり、そういう意味では、通常の開腹手術だと現在は1週間位の入院で済むようですが(抜糸は外来でとか)、”骨折”の回復になるので、3週間程度の入院が必要かもしれません。」


 われわれに向けたメールの文章であるから、かれが担当医の説明をどの程度理解していたのかはわからない。一般の患者ならば、この程度理解できていれば御の字なのだろう。もっと高齢の老人ならば、「胸椎」という単語だけでも理解するのは難しいのかもしれない。医者による耳慣れない専門用語を使っての説明は、患者はほとんど理解できないのだ。担当医からなんでも質問してくださいお答えしますと言われても、何を質問していいかさえわからない。初歩的な質問で忙しい医者の時間を取らせるのは、失礼に当たるのではないか、と思うのが奥ゆかしい日本の庶民の患者の姿だと思う。そもそも、患者や家族が手術方法を理解していようと理解していなかろうと、手術を取りやめるという選択肢はない、とも考えるからだ。医者に任せるしかないのだ。

 手術前にKの頭の中を支配していたのは、胸椎の置換手術であった。退院中に時間もあったので、かれはインターネットで自分に適用される手術法について調べた。するとこの術式はK大学医学部付属病院で開発されたことがわかった。そこで手術を担当するH先生にメールを送って、詳しくこの術式について尋ねてみた。すぐに丁寧な返事が返ってきた。


「ご連絡ありがとうございます。治療についてご説明する時間が少なく申し訳なく思っております。今回の腫瘍脊椎骨全摘術(TES : Total En bloc Spondylectomy)につきまして、お返事申し上げます。

術式は、ご指摘どおりK大学のT先生が悪性治療の脊椎転移に対する治療法として完成させた後、現在はM先生が発展させております。当院では本術式を20年前程より導入しており、現在も年に数例のペースで行っております。

 先生の手術は、肺切除と同一術野になりますのでアプローチが 多少異なりますが、基本的にK式のTESを行います。TESでは脊髄を温存するために完全摘出とはいえない為、追加治療を常に考慮することになりその中の1つが次世代の治療、いわゆる腫瘍骨を液体窒素で処理してから移植するという方法です。

 基本的に腫瘍細胞に対する抗体が腫瘍組織の中には必ず居ますので、腫瘍細胞を不活化してから抗体のみが機能すれば効果は期待できるという理論です。ただ、先日M先生とお話しした時に伺った話では、現時点でまだその腫瘍骨を治療法の中心にはおいていない、何故なら本術式の欠点として危惧される、再発を惹起したと思われる例もまだ存在しており、もう少し改善すべき点があると考え、現在はこの治療は休止した状態である、と聞いております。

 新しい方法につきものの、安全性が確保されていない場合の倫理的問題もあり、当院では、健常部からの骨移植を中心に行っております。主に腸骨から採取しており、採骨部痛がどうしてもあるのですが、この方法はスタンダードとして確立していますので、比較的安心ではあります。ご質問いただいた点につきましてお返事させていただきました。その他ご質問等あればいつでもご連絡いただければ幸いです。体調管理につきまして、何卒ご自愛下さい。」


 H医師からのメールでは、手術前の不安を完全に払しょくすることはできなかったが、かなり和らげることはできた。手術から逃れることはできないが、気持ちを落ち着けて望みたかった。H医師が誠実に説明責任アカウンタビリティを果たしてくれることによって、かれは勇気づけられた。外科医はメスだけでなく、言葉でも患者を救う。

 あとから手術に関わった医療スタッフに聞くと、整形外科のH医師がKの胸椎の置換手術をすると決断したので、呼吸器外科の医師が肺がんや縦隔腫瘍の手術をすることを決心した、ということだった。もしH医師が決断を下さなければ、胸椎の置換手術どころか、肺がんや縦隔腫瘍の摘出手術も行われなかったのである。それほど難しい手術であったのだ。H医師、さまさまである。

 その後、肺がんと胸椎置換、それぞれを担当する呼吸器外科と整形外科のダブルヘッダーの手術のうち、どちらが先にするかということを含めた段取りが、両者で綿密に打ち合わされたそうである。Kのような手術は、一回で行う場合もあれば、一つの科の手術が終わった後で、数日経ってもう一つの科が行う場合もある。Kは、同じ日に連続して行うことになった。異なった二つの診療科がチームとなって手術するのは、我々が考える以上にたいへんなことのようだ。KはKで、必死に食べることの戦いをしていたが、医者は医者で、必死に手術の準備をしていたのだ。

 肺がんから縦隔腫瘍になり、胸椎にまで浸潤しているKのようながんのステージでは、10年前までは、手術の適用外であった。かれが10年前にこの病気になっていたならば、手術をしてもらえなかったのだ。また、今回の手術においても、開腹してがんがリンパ節や大動脈に転移していたならば、手術は途中で中止され、そのまま胸は閉じられることになっていた。このことはあらかじめKに伝えられていた。つまり、Kのがんは手術が適用されるぎりぎりの線、がけっぷちに立たされていたのだ。とりあえず、手術に着手してもらえることは、Kのがんの状況を考えれば、非常にラッキーなことであった。あとは、最後まで進んでくれることを願うのみであった。


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