第一章 がんの発見 一の10 Kの家族
Kの家族
Kには妻と二人の娘がいる。二人の娘は高校を卒業して、首都圏の大学に入学し、卒業した。現在、長女はC県の職員になり、次女はG県の田舎に住んでいる。Kはこの十年、Y県のT市で妻と二人暮らしをしている。
妻は小学校の先生をしているが、わたしのゼミの学生が小学生の時、おくさんに習ったことがあるといった。その学生に言わすと、「K先生のおくさんとは思えないくらい、立派でしっかりしています。謹厳実直で、これぞ教育者、という感じの人なんです」と言うから、わたしは「夫婦で同じ性格だったら、うまくいかないよ」と言った。学生はそれでもタイプが全く違う二人が夫婦なのが、腑に落ちないようで、怪訝な顔つきのままだった。わたしはその時にはまだおくさんに会っていなかったので、それ以上学生にコメントすることはできなかった。
かれの見舞いに行くと、病室でおくさんに何度も会うようになった。初めて会った時は、あの噂のおくさんかと思って、わたしも襟を正したが、すぐに気さくな人だとわかり、わたしの緊張は一瞬でほぐれた。Kががんになっていても、かのじょから少しの動揺も感じることはなかった。Kからも、おくさんは自分ががんになったくらいで動揺することはなく、いつも度胸が据わっていると聞かされた。おくさんはほとんど毎日のように、Kの見舞いにいった。
Kは大学の教員らしく、他人に気兼ねをしたり、頭をペコペコ下げることはない。えばるわけではないし、それかと言ってへりくだったりもしない。誰とでもフラットに付き合うのである。気をつかう人は誰かいるのかと聞くと、妻だと言う。世間一般、程度の差はあれ、すべての夫は妻に気をつかっていることだろう。それが妻に伝わっているかどうかは別として、気をつかっているのだ。それでも天衣無縫というか自然児というか、子供のようにわがままというか、そんなKが唯一おくさんに頭が上がらないというところがなにか面白い。おくさんにいろいろと怒られたり注意されながら夫婦生活を送ってきたのだろう。いまでも、毎日見舞いに来てもらい世話になっているので、余計あたまが上がらなくなってきている。
Kの闘病生活は、おくさんが中心となって、娘たちと一緒に支えていくことになる。がんはK一人の戦いではなく、家族全員の戦いでもあるのだ。気丈なおくさんも夫にがんが見つかり、内心はとても不安だったのではないだろか。それをおくびにも出さず、Kに普段通りに接していくのである。Kにとっては心強い限りである。ただ自分の治療だけに専念すればいいのだから。




