プロローグ
初投稿です。完結まで頑張りたいです。
「雪も降ってきたし、今日はもうお客さん来ないと思うから葵ちゃん上がっていいよ。お疲れ様」
「ありがとうございます。これ片付けたら上がりますね」
歳老いた店長特有の落ち着いた優しい声に、私は仕舞い途中だった、お皿を手早く拭きながら窓の外を見た。店長の言う通り、雪が降り始めている。外は大分暗くなってきており、人通りも少なかった。確かに今日はお客さんはもう来ないだろうなと思った。
私、木戸 葵がバイトしている喫茶店『線路の影』は、執事のような見た目をしているおじいさんの店長とその奥さんが営んでいるお店である。
奥さん特製のケーキと店長の入れる美味しい紅茶が売りのお店だ。季節毎にでる新作のケーキが人気で、1年を通して通っているお客が多い。客層は年配の方が多く、学生やサラリーマンは閉店時間が早いこの店には合わないのだろう、たまにふらっと寄ることはあるけれど、常連のお客さんと呼べる程ではない。
小学生の時、祖父に誕生日プレゼントを買って貰った帰り道に、ケーキでも食べようかと連れてきて貰ったのがこの喫茶店と私の出会いだった。その日から静かで大人びたお店の雰囲気と美味しいケーキの虜になり、祖父に頼んで何度も連れてきて貰った。
その時からバイトを始めてからの1年半も含め、子供がこの店に訪れているのを見たのは両手で数えられる程だ。私はこの喫茶店で、かなり異質な存在だったと思う。
中学生になってからは、少ないお小遣いをやりくりして通っていた。友達と喫茶店に行くこともあったけれど、1度も友達をこの店に連れてきたことは無い。私だけの秘密の場所だった。
中学の終わりに、高校生になったらアルバイトをさせて欲しいと店長に頼んだ時はとても驚いていた。今思うと募集広告も出ていない所でアルバイトをしたいと言い出す子がいるとは思っていなかったのだろう。
最初、店長夫婦はこの店を気に入ってくれているのはとても嬉しいけれど、アルバイトを雇うことは考えていなかったと渋っていたが、最近奥さんの体調が思わしくないということで、少し人手が欲しいと思っていた所だったと言ってくれ、雇ってもらう事が出来た。後から聞いた話だが、他の常連のお客さんからの後押しがあったらしい。
店長がアルバイトをやりたいと言う子がいるのだけれど、店の雰囲気もあるしと常連のお客さんに相談した所、子供のお客が少ないお店なので頻繁に通う私はどうやら覚えられていたようだ。きっとあの子だろ?と言われ、みんな孫の様に思っているよ、大歓迎だよと笑われたらしい。
この空間に私はとっくの昔に受け入れられていた事がわかってうれしかった。
働き始めた頃は、奥さんの体調の悪さを感じることは無かったけれど、ここ半年で急に体調が悪化して、先月遂に入院することになってしまった。
奥さんは、幼い頃から私をとても可愛がってくれていて、新作のケーキを1番に味見させてくれたり、余った材料の苺をそっと私に渡して、人差し指を口に当てて内緒よと微笑む優しい人で私は昔から大好きだった。
店長が奥さんの代わりに作るケーキも美味しいけれど、やっぱり奥さんのケーキが1番だと思う。奥さんの優しい笑い声が無い店内は、少し物足りなくて、店長も常連のお客さんも少し寂しそうで、奥さんを心配しているの良くわかる。
私も寂しい。今は店長に色々教わって、奥さんが戻って来た時に少しでも楽できる様に精一杯勉強中だ。
「これ、良かったら余りだから、帰ったら妹ちゃんと食べてね」
「わー!ありがとうございます!茜もきっと喜びます」
店長からのお土産のケーキを手にカランとベルがなる扉を開けて暗い冬の雪の中を歩き出す。
ケーキの種類はなんだろう?この前考えてた新作のベリーのムースかな?この時期だし、妹とって言ってたからクリスマス仕様のショートケーキかブッシュドノエルかもしれない。私の頭の中は右手に持っているケーキの事でいっぱいになった。
店長は良く余ったケーキをお土産として持たせてくれる。私の好きなケーキな時は、わざと多めに作って余るようにしてくれているよと奥さんが前に教えてくれた。愛されてるな顔がにやけるのをとめられなかった。
お土産のケーキは妹もとても喜んでいて、食べに行きたいのに、私が場所を教えてくれないと文句を言われている。
私もいつか奥さんや店長の作る様な美味しいケーキを作れる様になりたい。卒業したらパティシエの専門店学校に通おうと思っている。店長夫婦に自分の作ったオリジナルのケーキを食べてもらうのが私の夢だ。
私の少し弾んだ足音しか聞こえない雪道は、 最近ではすっかり日も暮れるのが早くなって、辺りはほとんど真っ暗だった。街灯の明かりを積もった白い雪が反射して街灯に照らされる足下だけは、ぼんやりと明るかった。
明日にはもっと積もるのかなとケーキ以外の事に思考を巡らせたのは、店を出てから10分は経っていて、自宅まですぐの良く知った通りに差し掛かった所だった。
あれ?ここに道なんてあったっけ?こんな所に石畳の小道なんて無かったはずだ。
それに、ここの裏は確か最近アパートの工事をやっていて、道が続くような場所ではない。
「真っ暗。お化けでも出てきそう」
漏れた私の声は静かな道によく響いた。怖いし、早く帰ろう。そう思ったのはずなのに、足は動かなかった。目も小道の奥を見つめたまま逸らせない。
身体の中が急に熱くなってきた。真冬の雪の降る夜道に立っているのに暑くて仕方がない。おかしい。私の身体じゃ無いみたいだ。息をするのが苦しい。右手のケーキが雪の上に落ちる音が聞こえた気がした。手足の感覚が無い。私は今立っているのだろうか。
「ごめんね。アベルを助けて」
意識を失う直前に、縋るような少女の声が聞こえた。
喫茶店は葵にとって第2の家です。一応ファンタジーと恋愛をテーマに進めていきます。