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「本」ってなんだろう〜高校生が考えた〜

作者: けい

僕は高校3年となった。

昨年度まてやっていた図書委員会の委員長も最後となる。

明日になったら、下の学年による委員会と変わる。

さて、

学校一の本読みとして、一人の図書委員長として、図書教育に関わった者として

皆様に、こんな疑問を投げかける


「本」ってなんだろう


この問いについて、僕なりに考えてみる。

まず、高校生から見た「本」について述べる。



大人はよく、子供に対して「本を読むことは良いことだ」「本を読め」と言う。

果たして、それは正しいのか。

この「子供」と言う単語がどの範囲の年齢を指しているのか定かではないため、よく分からない。

でも、中学生以降の学生にとって、「本」というものは、ストーリーを追うための道具にすぎない。

一方、中学生未満にとっては、日本語の文法、使い方を学ぶ教材となる。

(あとで、これについて述べる)

僕は考える

「本」が必要なのは

・言語を学ぶ小学生

・将来を考える若手の社会人

・人生を考える50代以降

・その他、悩みや不安を抱えた人

だけだと。

それ以外にとっては、ただの娯楽に過ぎない。

映画やドラマを観るように、ストーリーを追うだけだ。



ここまでは高校生から見た「本」について述べた。

では、人類に視点を移してみたらどうなるのか。



本というのは紙の集合だから、紙といっても差し障りはないだろう。

今まで、人類の記録媒体は木簡や壁画、葉っぱ、・・・紙、インターネットと続いている。

さて、今の21世紀というのは、紙からインターネットへの変化の時代だ。

しかし、インターネットへの変化は様々な問題を引き起こす。

私たちは、紙が唯一の記録媒体である長い期間を生きてきた。

二つの記録媒体の調和をさせる経験がないのだ。

その経験不足が、現在のインターネットにおける問題を引き起こす。

この反省を生かすにはどうすればいいか。

現在の記録媒体である本を未来へ引き継ぎ、

来たるべき、インターネットの次の時代へ備えるべきだ。

インターネットの次の時代がいつ来るか分からない。

だからこそ、できるだけ長い間、本を続けさせる必要がある。

私たちは、未来へと本を運ぶ中継人に過ぎない。

いずれ、「本」の存在が、記録媒体の変化によって生じた問題を、解決するはずだ。

そう、信じるのだ。

つまり、今の「本」は1950年以前と異なり、未来のためのものだ。

昔は、「本」が唯一の記録媒体だったが、もう違う。

役割は、インターネットによって変化したのだ。



こうやって述べたように

「本」は人類が扱ってきた記録媒体の一つに過ぎない。

だが、本→インターネットの移行に伴う問題の反省から

インターネット→次の記録媒体の移行を見据え、それを簡単にするために残すものなのだ。

今や、「本」は主要な記録媒体から、記録媒体のサポート役となったのだ。

全ての情報は、インターネットを通じて観ることができる時代となったのだ。

だが、本を残すために、本を使っていかなくてはいけない。

それこそが、本→インターネット移行の反省を知っている私達の責任なのだ。



これは、高校生の戯言だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日本の本は美しく、丈夫です。 日本人の気質がそこに現れているのでしょう。 私も本が大好きです。 古い本、印刷技術の安定しない明治の頃のもの。 新しい本、増版も保存もされず忘れられる新書。 …
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