序章
――……自分はもう死ぬんだな……。
黒髪の少年は、もうそれを悟っていた。
だって外は雪が降っていて、冬とは思えないような寒々しい恰好をしているのに、彼には寒いも、冷たいも、痛いも、もう何も感じなかったから。
少年は己の青い色をした目を閉じて、自分の短かった人生を振り返る。思えば楽しかったことなど、ほとんどなかったように思う。
父はおらず、母と二人暮らし。その母も体が弱く、少年を養うために身を粉にして働いていたが、無理が祟って体を壊し、彼が八歳の時に死んだ。
それからの生活は悲惨だった。王都の外れにある旧市街地に身を寄せるも、そこには自分と同じような境遇の人間が集まり、無法地帯と化していた。
生きていくために近くを通る人を襲い、金や食料を奪った。逆に殴られ、殺されかけたこともあった。
だが十五歳になるまで、なんとか生きてこられた幸運も、もうこれで終わりらしい。
七年もここで生きてきて、腕っぷしも良くなった。だがそれが、油断を生んだ。
いつもなら勝てる相手だと完全に油断していて、相手が無我夢中で振るってきた武器をかわせなかった。
目を開けると、少年は薄く笑った。あの時、殴られ、深く切れた右側のこめかみからは、まだ血が流れている。相手は気が動転したのか、それとも『如何なる理由があろうと、成人前の子供を殺すのは重い罪である』という、ユーゼスト教の教えが頭を過ったからか、止めを差さずに行ってしまった。
どうせアンタの所為で死ぬのだから、ひと思いに殺してくれた方が良かったのにと、血を失いボーっとする頭で考える。
死ぬのは怖くなかった。元々、あまり生にも執着はしていなかった。ただ、今を生きていただけ……。
「遅くなってごめんね」
不意に、声が聞こえた。
少年は、もう掠れてほとんど見えない目を凝らして、声の主を探す。
聞き心地の良い、低い声だった。泣き声や、怒鳴り声ばかりを聞いてきた少年にとって、それは心が安らぐものだった。忘れてしまった母の声を思い起こさせるような、そんな声……。
目の前に母の姿を見た気がして、少年は動かすのも億劫な腕を上げる。
その指先を、温かい何かが触れた気がした。
「さぁ、もう行こうか」
その問いに、少年は頷く。
しばしの間があり、トンッという軽い衝撃があった。
その時一瞬だけ見えたのは、風になびく銀髪と、紫水晶の色をした瞳。そして純白の……。
「はね……」
それを最後に、少年の意識は闇に染まった。