第1話 魔法少女は修学旅行へ行きました。
「ふぁー」
私は眠気を抑えきれず、思わず大きな口を開け、欠伸をしてしまう。
「ねむっ! ねむい! 超絶ねむいっ!!」
普段の私は遅刻もせず、授業も真面目に受けている。
私が欠伸をするのは、寝る前くらいだ。
それなのに、何故こんなに眠いのかというと───
「修学旅行って楽しいけど、普段椅子に縛り付けられてる生徒たちが、いきなり歩き回ってたら体力追いつかないよね。しかも、バスの中だから尚更ね」
と、私の言いたかったことを、隣に座っている、ふわふわな気配を漂わせた友人の、大隣友子が代弁してくれた。
そう、友子が言っていたように私たちは今、修学旅行へ来ているのだ。
「そうよね、私はもう眠さで欠伸がとまらないわよ」
奈良と京都に二泊三日という、なんとも無難なスケジュール。
そして今は、二日目の夕方である。
「自由時間とか、あまり自由じゃなかったしね」
そう。自由時間とかいいながら、時間は短いし、回れる範囲は学校側から決められており、自由と思うには難しかった。
「わたし、行きたい場所があったのにな」
と、泣きそうな顔をしながら友子が言った。
「行きたい場所?」
友子はこの修学旅行の間に、行きたい場所があるとは言っていなかったので、思わず聞き返してしまった。
すると友子は、糸目をガッと開いた。
「そうなの。この近くにね、恋愛スポットがあって、世界中から恋愛パワーの集まるハート型の石があるらしいんだけど、それに触れると恋愛運に恵まれるんだって!」
おう、おう、おう。勢いがすごいな。聞き返したことを後悔するほどに、勢いがすごい。
友子は、いわゆる恋に夢見る乙女というやつなのだ。しかも、いつもどこから情報を得ているのか不思議に思うほど、たくさんの情報を持っている。
そういえば、修学旅行前に何か言っていたなと思い出そうとするも、どれも同じような話で、どれだったかが思い出せない。
「いや、友子……。彼氏いないじゃない」
「もう、何言ってるの! 彼氏がいるとかいないとか、関係ないじゃん! ってか、世界中からの恋愛パワーを得たら、彼氏の一人や二人、すぐできるよ!」
何かのスイッチを押してしまったらしい。友子の顔が、ぐいぐいと近づいてきて、友子から見下ろされるような体勢になり、友子は黒髪ボブなのに、髪が私に少しかかっている。
「あ、ああ……。そう……」
自分から会話のボールを拾って投げてしまったものの、友子の勢いに圧倒され、引き気味に返事をしてしまった。というか、彼氏の一人や二人って、二人できたらダメだろう。
「なんで、めるちゃんはいつも夢がない事を言うのかな。恋に興味がないの?」
うっ。痛いところを突いてきた。
「いや、興味がないわけではないわよ」
「え、そうなの!? わたしてっきり、恋なんて校長先生の無駄に長い話よりくだらないって言うかと思ってたよ! っていうか、めるちゃんせっかく可愛いのにさ、色素薄い金色よりの髪色とか、少し癖っ毛のロングヘアとかさ、どこのお姫様だよって感じなのにさ」
確かに、校長先生の話は無駄に長すぎて、何を伝えたかったのか全然わからない感じになるけれども。私の事を、一体どんな風に思っているのだろうか。
というか、最後の方に、なんか恥ずかしいことを言われたな……。
「そりゃ、一応、華の17歳をやっていますし? わ、私だって───」
「あ、ホテルに着いたみたいだよ」
あ、あれ? 私の話は……。まあ、いいか。
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか。
バスの前方通路に立ち、いまにも指示を出そうとしている先生を、友子は冷静な顔で見ていた。
そして、ホテルへ着いた後、広い宴会場で夕食を済ませ、私は友子と部屋へ戻った。
他は大体4人部屋だけれど、部屋の数の関係で、私と友子は2人部屋になっていた。
「じゃあ、わたし先に風呂入るね」
友子が洗面道具を持ち、部屋についている風呂場へと向かった。
私たちが宿泊するホテルは大きなホテルで、一般客の利用も多い。そのため、各自部屋についている風呂を利用するようにとのことだった。
「はーい」
私は椅子に座り、テレビを見ながら返事をした。
すると、扉の閉まった音が聞こえた数分後に、聞き慣れた音が聞こえてきた。
「えっ、嘘でしょ!?」
私は、その音が聞こえたと同時に動揺していた。
その理由は様々あるが、この音は修学旅行中、絶対に聞きたくない音だったからだ。
なぜかというと───
『パルン、パルン』
動揺している間に、先ほど聞こえてきた音、機械音がまた鳴った。そう、これこそが、私が動揺した音の正体である。
反応しないわけにもいかないので、私はポケットの中に入れていたパステルピンクのコンパクトを取り出し、パカッと開いた。
「なぜ、一回で応答しないのじゃ!!!!!!」
コンパクトを開くと同時に、怒鳴り声が降りかかる。
「ごめんなさい、おばあちゃま。ちょっと色々ありまして───」
私が言い訳をしようとしていたら、その言葉を押しのけるように言葉が飛んできた。
「言い訳など、今はどうでもいいわい!! 緊急事態なのじゃ!!」
コンパクトの鏡の部分に、おばあちゃまの顔が見えているのだが、今にも飛び出してきそうな勢いだ。
「緊急事態?」
おばあちゃまが連絡をしてくるときは、いつも緊急事態と言っている気がするので、私は冷静に聞き返した。
「指令じゃ。場所を送るから、そこへ向かうのじゃぞ」
コンパクトから音が鳴ったということは指令だとわかっていたけれども、私は肩を落とした。
修学旅行のときくらい、羽を伸ばしたかったのに。
「はい……。わかりました……」
「露骨じゃな……。愚痴は、帰ってきてからゆっくりと聞いてやるから、早く行くのじゃ」
おばあちゃまはそう言ったけれど、絶対に私の愚痴など聞き流すに決まっている。
幸い、今は、消灯時間と定められた時間まで、生徒がホテル内でお土産を買ってもいいとされており、比較的自由に過ごせる時間だ。
そのため、私が部屋から出ても、誤魔化しがきく。
私は、コンパクトに、おばあちゃまが送ってくれた場所を表示させる。
空中に大きなマップが現れ、私の現在位置も示されている。
「応援を頼んでおるから、仲良くするんじゃぞ」
仲良くって、子どもじゃあるまいし。おばあちゃまは、私を一体いくつだと思っているのよ。
そう思いながらも、私は一応「はーい」と返事をしておく。
窓から出る方が時間を短縮できていいが、窓が開いたまま私がいなくなっていると、風呂から上がった友子も心配するだろうから、私は普通に部屋のドアから外へ出ることにした。
私は、ドアを少し開けると、部屋の外に誰もいないことを確認する。
私のいる部屋は角部屋で、隣が非常階段になっているため、私はそこへ駆け込んだ。
そして、開いたコンパクトを胸の高さに掲げ、呪文を唱える。
「リーベ、アモーレ!」
すると、コンパクトから光が溢れ出し、私は、その光に包まれる。
腰まで伸びた髪はなびき、ふわふわと辺りを漂っている。
光が薄れる頃には、パステルピンクのフリフリなロリータのような魔法服に、私は身を包んでいた。
「愛の煌めきを纏い、私は輝く!」
決め台詞のように言ったけれど、何度言っても恥ずかしいな、これ。
でも、恥ずかしそうに言うとおばあちゃまが怒るから、表情管理も忘れない。
「それじゃ、よろしく頼んだぞ」
おばあちゃまは、私が変身したのを見届けると、満足そうな表情をしながらそう言って、連絡を切った。
私は、左手にコンパクトを持ち、空中へと浮かぶ。
そして、マップを見ながら目的地へと向かった。
風を切るように空中を飛んでいて、森林の香りが鼻を通り、私はリラックスした気持ちになる。
いつもはどこに目をやっても建物ばかりなためか、目に映る景色がとても新鮮に感じられる。
下を見ると、月夜に照らされた木の葉が色づき始めている。
私は、クラスメイトたちよりも京都を堪能できている気がして、修学旅行中に指令がきたのは嫌だったが、少し得した気分になった。
しばらく飛んでいると、私の現在位置と、目的地のピンが重なる。
私は、コンパクトを閉じると、胸元にコンパクトをつけた(魔法服とコンパクトが磁石でくっつくわけでも、引っ掛けるでもなく、魔法が施されており、魔法服とコンパクトがくっつくようになっている)。
気配を感じる方向を見ると、動いている影が見えた気がした。おばあちゃまからの指令対象かもしれない。
私は目を凝らしながら、急いでその影が見えた下へと降りる。
先程見えた影が2体だと確証できるところまで近づいた頃、その2体のうちの1体が、もう1体によって消滅された。
どうやら、残っている方の1体は人間のようだ。
私は、状況を確認すべく下へ降りることをやめないでいると、その人は私のいる方向へと飛んでくる。
そして、その人と同じ目線の高さとなったとき、私は目を見開いた。厳密にいうと、相手も目を見開いていた。
そんなことってあるのか。
まさか、17年間生きてきて、幼馴染のキテレツな格好を目の当たりにするとは思わなかった。
どう見ても、勇者だ。よくアニメとか漫画で見るような、勇者の格好をしている。
「な、何をしているの……?」
思わず声が出てしまった。
家が隣同士だというのに、ここ数年言葉を交わしていなかった。
「そっちこそ、なんだよその格好は……」
そう言われて、自分の姿を見る。
あ、忘れてた……。私は今、魔法少女の格好をしているんだった。
あまりにも驚きすぎて、私は自分自身がフリフリな魔法服に身を包んでいることを忘れてしまっていた。
「いや〜、えっと……」
なんと言葉を返していいのかが分からない。生まれたときから知っている幼馴染に対し、いきなり「私は、魔法少女です」と自己紹介をするのは変だし、数年言葉を交わしていないせいで、どう会話をすればいいのか言い淀んでしまう。
それに、目の前にいる幼馴染の勇 陽輝の今までに目にしたことのない姿を目にしたことへの驚きと、私のこの姿を見られたことへの焦りで頭が混乱していた。
そんな混乱した状態の頭の中に、おばあちゃまの言葉が思い浮かんでくる。そういえば、おばあちゃまは「応援を頼んでいる」と言っていた。もしかしてその応援とやらは、目の前にいる幼馴染のことなのだろうか。
私は意を決して、問いかけてみる。
「あの……、もしかしてなんだけど……。なんて言うのかしら。ん〜、敵を倒したり? そういうことをしているのかな〜? って」
「あぁ、そうだが」
「あ、そうなのね! そしたら、今日誰かと一緒に戦うよ〜って聞いてたみたいなことって、あるかしら?」
意を決したというのに、まるでコミュニケーションをとることが苦手かのような喋り方をしてしまった。
「……聞いていたが。まさか、それが───」
『パルン、パルン』
「あ、ちょっとごめんなさいね」
答えがわかったところで、出題者───おばあちゃまから連絡が入った。
私は胸につけていたコンパクトを手に取り、開く。
「サぁプrrrぁ〜イズ!」
コンパクトを開いたと同時に、おばあちゃまの声が広大な大地へと響き渡った。
おばあちゃまの声量も、だいぶサプライズである。
「もう、おばあちゃま! サプライズじゃないですよ。何なんですか、この状況は?」
私は呆れた顔をしつつ、おばあちゃまに尋ねる。
「ぐふふふっ〜。どうじゃ、驚いたじゃろ。サプライズは、大成功じゃな?」
私の知りたいことには一切触れず、おばあちゃまはずっとニヤニヤしている。
「大成功って……。そりゃ、誰でも驚きますよ。こんな状況になったら。この状況が何なのか、ちゃんと説明して下さい!」
もう一度尋ねると、おばあちゃまはニヤニヤを抑えることなく続ける。
「まあまあ、そう焦るでない。夜も更けているころじゃし、お前さんらは明日で帰ってくるのじゃろ? 明日2人が帰ってきてからゆっくりと説明するからの。それまでのお楽しみじゃ」
おばあちゃまはそう言って、最後までニヤニヤしながら、手を振って連絡が切られた。
なんなのよ、この焦らしスタイルは。
私は連絡がきて背を向けたが、向こうも私に配慮してくれたのか少し背を向けていた。連絡が終わって振り返ると、おばあちゃまから言われたことを伝え、混乱が何一つとして解けることがない中、ホテルへと戻ることとなった。